2018.10.12

大ケガを経てツアー初Vの西岡良仁。
励まし続けた母の万感の想い

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

 リターンを追うべく走り出したその足は、ボールがネットを越えることなく相手コートに落ちたとき、ひざから崩れ落ちるように動きを止め、勝利の……そして優勝の歓喜と安堵に浸された。

 今から約1年半前の昨年3月……。彼の足は同じようにボールを追い、そしてそのときは着地時の「抜けるような」感覚とともに、ガクリとその場へと崩れた。

優勝を決めた瞬間、西岡良仁はコートにひざから崩れ落ちた 前十字じん帯部分断裂――。

 それは、男子のトップテニス選手には前例のない大ケガである。再建手術とリハビリにより、戦線離脱を強いられた期間は9カ月。その失われた時間と悔しさを乗り越えて、23歳の誕生日を3日前に迎えたばかりの西岡良仁は、8日間で7つの辛勝を掴み取り、深センオープンでATPツアー初タイトルをその手に抱いた。

 表彰式のスピーチで優勝者は、いたずらっぽい笑みを振りまきながら、詰めかけた地元ファンに英語で懇願する。

「まだ今季は大会が残っているので、そこでも結果を残したいと思います。どうか、僕の名前を覚えてください。僕は、『ニシコリ』ではないので。僕の名前は、『ニシオカ』です」

 170cmの小柄な優勝者が中国で称賛を浴びるその様を、日本では「ニシオカ」家の人たちが、パソコンのモニター越しに凝視していた。

 母親のきみえさんの心をもっとも震わせたのは、トロフィーを掲げる姿以上に、優勝を決めた直後にキャップを脱ぎ、目もとを覆う息子の姿。その目もとを濡らす涙を見ながら、彼女の脳裏には長い長い動画を巻き戻すように、昨年3月からの日々が駆け巡ったという。

「前十字じん帯が切れてるんじゃないかと言われた」

 昨年3月、マイアミ・マスターズ2回戦を途中棄権した息子から、1本のLINEが送られてきた。本人は、痛みは感じないという。だからこそ、なおのこと、告げられた重症と自身の感覚が重ならない……息子が抱くその不安は、母親の胸にも迫った。