錦織圭が語る、トップ選手としての「葛藤」と「覚悟」

  • 内田暁●文 text by Uchida Akatsuki  photo by AFLO

 当然を、当然のようにこなすことが、何よりも難しい――。それは、トップアスリートたちがよく口にする言葉である。

「相手は、失うものが何もない」。これも、下位の選手と戦う上位選手が、その困難さを表する言葉だ。

マレーシアオープンを制して今季3勝目を挙げた錦織圭マレーシアオープンを制して今季3勝目を挙げた錦織圭 圧倒的な優勝候補と目されることのプレッシャー。「一獲千金」を狙い、バクチ的な勝負を仕掛けてくる対戦相手。さらに、自分より上位選手がいないために、上がりきらぬモチベーション......。それらの要素が揃った時、「当然」は突如として、最大の障壁へと変容する。『世界8位(※)』、『大会第1シード』、そして『全米オープン準優勝者』としてマレーシアオープンに挑んでいた錦織圭が歩んでいたのは、そのような険しき道であった。

※錦織圭の世界ランキングはマレーシアオープン優勝を経て、9月29日付で7位に上昇。

「決勝進出は当然と言えば当然ですが、当然を簡単にこなせるのが、トッププレイヤーの使命だと思うので」。錦織がそう口にしたのは、マレーシアオープン準決勝後のことである。

 準決勝で対戦したヤルコ・ニエミネン(フィンランド)は、最高位13位まで登りつめたことのある33歳の実力者だ(現在は世界ランキング57位)。経験豊かなベテランにしてみれば、今、最も話題性豊かで勢いに乗る世界8位の全米オープン準優勝者に、ひと泡吹かせてやろうとの野心を抱えていたことだろう。サウスポーから放つフラット系の強打を武器とするニエミネンは、イチかバチかのリターンやサーブ&ボレーを次々と試み、試合中盤ではそれらをことごとくポイントに直結させた。相手の猛攻を受けた錦織は第2セットを落とすが、それでも第3セットでは、「集中力を高め、足を動かし、基本に立ち帰る」ことで相手の勢いを受け止め、押し返した。

 標的にされることの困難さに打ち勝ち、決勝進出を決めたその後に明言したのが、先述の「当然」という言葉だった。その口調は実に穏やかで、どこか牧歌的な柔らかさすらあったが、根源にあるのはトッププレイヤーの自覚と峻烈(しゅんれつ)なる覚悟だ。

 そんな錦織ではあるが、やはり今大会に入る前には、気持ちの切り替えの困難さに直面したことも認めている。

 グランドスラムで大きな結果を残した後の精神面の変化については、今年1月に全豪オープンを制したスタニスラス・ワウリンカ(スイス)が残した、以下の言葉が記憶に新しい。

「優勝した後、世の中すべてが、これまでと違って見えるようになった。試合や練習中でも思いどおりに行かないと、『こんなはずではない、もっと俺はできるはずだ』と自分を追い詰めてしまうんだ......」

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