【車いすテニス】国枝慎吾「リオパラリンピックまで一年一年、勝ち続けたい」
ロンドンパラリンピックで見事史上初の2連覇を達成した国枝選手ロンドンパラリンピック車いすテニスで男子シングルス史上初の2連覇を達成した国枝慎吾選手(ユニクロ)。すべてはロンドンのために――。その想いで決断した、今年2月の右肘の手術。そしてリハビリとこれまで以上のハードなトレーニングを経て、彼はロンドンのコートで躍動した。パラリンピック後、17歳から師事していた丸山弘道コーチの指導拠点の変更に伴い、師弟関係をいったん解消することを明言。テニス人生における新たな転換期を迎えた王者が見つめるその先にあるものとは。
ライバルたちの前に立ちはだかった"王者の貫録"
――パラリンピックでは、1回戦から決勝まで1セットも落とさずに2連覇を達成されました。改めて、勝因はどこにあったと考えていますか。
「大会中も試合と並行してフィットネストレーニングで相当鍛えていて、一番のピークを決勝戦に持ってこれたことだと思いますね。試合の内容的にも、サービスゲームが結構安定していたので、どのゲームも計算できたというのが精神的に楽でした。自分のサーブがなかなか破られないという計算があると、こっちのリターンゲームでも大胆にいけるし、主導権を握りやすいですから」
――丸山コーチに「実は決勝前日の練習時は、調子が相当悪かった」とお聞きしました。やはり、ナーバスになっていたのでしょうか。
「普段から試合前はいつもイライラするんですよ。ウォーミングアップで不安なところを集中してやるからミスが出て、イライラする悪循環にはまって、という。でも、それはもう戦闘準備に入っている証拠だから、逆にいいことだと思っていたんです。ただ、戦闘準備に入るのは当日の朝が多いのに、今回はそれが前日だったので、ちょっと早いなと思いつつ、焦る気持ちも出て、という感じでした。パラリンピックという4年に一度の舞台で気が立っていたんだと思います」
――前日のあせりは試合に影響しましたか?
「いや、そうでもないです。調子が悪いからといって、それを試合に持ち込むタイプでもないですし。実際に、一晩寝て、翌朝はとても落ち着いていて、決勝ではいつも通りのプレイができました」
――ロンドンでは、18歳のフェルナンデス選手(アルゼンチン)や21歳のレイド選手(イギリス)ら、若手が存在感を放っていました。まさに、車いすテニス界も戦国時代の様相を呈してきました。そのなかで国枝選手が、"こうありたい"と思うチャンピオン像はありますか?
「過去の大会で、グスタボ(フェルナンデス)は(世界ランキング1位の)ウデを破ったりしていますし、レイドもすごく上がってきている。その勢いがあるなかで、最後の壁になれたなと思いますね。そういった若手の前に、最後に立ちはだかる存在でいたいですよね」
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