検索

【テニス】衝撃の楽天オープン。何が錦織圭を覚醒させたのか? (2ページ目)

  • 内田 暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by Getty Images

「違うな。今日は戦術がどうとか、そういう話ではない。圭の試合への姿勢が素晴らしかった。立ち上がりから集中し、ものすごく攻撃的だった。試合前、圭に言ったんだ。『タイトルを取りたいなら、いつか日本で優勝したいなら、それが今だ! 今日この試合で勝つんだ! 持てる力をすべて出してこい。コートに何も残してくるな!』ってね」

 この言葉が、錦織の眠れる力をひきずり出したのだとすれば、それはまさに、この日、このタイミングでこそ、それが最も効果的なアジ演説だったからだ。

 錦織はいつも、年に一度の日本開催のこの大会では「緊張してしまう」と白状する。2年前には、「緊張でお腹が痛くなった」とまで言っていた。その言葉に大きな情感を込めることを、彼は好まない。だが、錦織に帯同する日本人スタッフは、「日本でやるのは、胃が痛くなります。本当にキツい」と、それこそ胃がうずくように顔をしかめた。大会前からスタッフ間に緊張が走り、海外のトーナメントとはまったく異なるピリピリした空気が張り詰める。

 しかも今年、ただでさえ「キツい」状態に追い打ちを掛けたのが、初戦での添田豪との日本人対決である。添田は今年の7月に、錦織が完敗を喫した相手だ。そしてロンドンオリンピックではダブルスを組み、選手村で同じ部屋に寝泊まりした盟友でもある。その添田との対戦を、錦織は単に「気まずい」と表現したが、その実情は、とても言葉で言い表せるものではなかったようだ。「あの時がピークだった」。先述のスタッフはそう明かした。

 たしかに錦織と添田の試合は、見るほうにも緊張が伝わる、両者ともどこかぎこちなさを抱えた試合だった。中でもより硬かったのは、失う物の多い錦織のほうである。そうした苦しみの末の、逆転勝利(4-6、6-2、6-3)。最も重圧を感じたであろう一戦で手にした勝ち星は、もしかしたら彼のキャリアで、最も価値ある勝利となったかもしれない。

 次の2回戦でも、シード選手としての責任感からか、まだ硬さは見られた。だが、そこを勝ち切ると、それこそ憑き物が落ちるように、それまで抱えていた重荷がすっと消えたようであった。

2 / 3

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る