吉田義人が演出。W杯の伝説トライ
「クロヒョウになると念じていた」

  • 松瀬 学●文 text Matsuse Manabu
  • 齋藤龍太郎●写真 photo by Saito Ryutaro

――具体的にどういったことでしょうか。

「ラグビーって、実直に自分に打ち克っていかないと勝てないスポーツなんです。同じ絵を15人が描いていないといけません。どんな劣勢になっても、ひるまず、自分らのチーム力を信じて戦いを臨まないと勝てない。点差をつけられだすと、ちょっとずつホコロビが出てくる。そうなると、原点に戻って基本プレーからやり直そうとしてもなかなかできないんです。あの時のジャパンは、自分らのラグビーをやろうという自信はありました。やり続ければ、必ず、結果はついてくると。学習能力の高いチームでもありました」

――スコットランド、アイルランドから学んだことは何でしょうか。

「ラグビー先進国として、選手たちだけじゃなく、応援する人間たちの中にも、スコティッシュ魂、アイリッシュ魂が宿っているんです。夜、パブにいけば、ファンが飲んでいる雰囲気が日本とは全然違う。ラグビーを好きとかじゃなく、愛しているんだと感じました。どこにいっても、ラガーマンというだけで受け入れてくれました」

――スピリットというか、ソウルというか。

「そうです。魂だと思います。もちろん試合中もそれを感じたんです。彼らの強みですね。試合には必ず、ここが勝負所という時がある。そこで彼らが何をしたかというと、地道に地道に、実直に実直にプレーをし続けたんです。ほころびが一切感じられず、そこに強固さを感じたわけです」

――スコットランド、アイルランドに連敗し、決勝トーナメント進出の望みが消えました。最後のジンバブエ戦。会場は、英国領の北アイルランドのベルファストでした。当時、宗教対立などによる紛争の最中でした。

「街中に、銃を持っている迷彩服の兵士が警備していました。あの時、機関銃というのを初めて見たなあ。現地の情勢がそうなっていたんですが、僕らはあくまでラグビーワールドカップに戦いにいっていたんです。だから、あまり気にせず、ゲームにだけ集中していました」

――第2回大会でジャパンが得たものは何でしょうか。

「まずは、初勝利ですね。また、これだけ準備してきても、ラグビー先進国にはかなわなかったことが明快になったことでしょうか。でも、日本人でもチームとしてこう戦えば、通用するんだということも明確になりました。もちろん、吉田義人も課題をもらった。国内だとトライを取りきれるところが、トライを取りきれなかったんです。それはやっぱり、世界の強豪国とやらせてもらったから、わかったわけです。自分で絶対、これを糧に、世界的に評価されるプレーヤーになるんだという覚悟もできました」

――ジンバブエに勝った理由は。

「やっぱり、日本代表に実力があったからでしょう。またスコットランド、アイルランドの強豪国と戦って、学びも多かったからです。とくに僕は、ワールドカップに出場するのが初めてでしたから。自分の実力のすべてをジンバブエ戦で生かせたのではないでしょうか」

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