ハンドボール元日本代表・土井レミイ杏利が引退「僕をきっかけにハンドボールを始めた子どもたちに、僕と同じ思いはしてほしくない」 (2ページ目)

  • 永塚和志●取材・文 text by Nagatsuka Kazushi
  • 村上庄吾●撮影 photo by Murakami Shogo

【人種差別にも晒されたフランスでの苦い経験】

――フランスでプレーされていた時には、チームメートや周りの人たちから差別的な言葉で呼ばれるなど、辛い経験もあったとか。

土井 昔から明るい性格で、それは今も昔も変わらないと思うのですが、当時はそういった(差別的な)言葉に対する強さは持っていなかったかなと思います。海外生活での人種的ブラックジョークのようなニュアンスの言動に悩まれる方は少なくないでしょうが、それに対して自分を押し殺していると、精神的にどんどんひとりになってしまって。僕がそれを乗り越えられたのは、自分を出すようにしたからなんです。

―― 日本では考えられない苦労があったとはいえ、フランスでの経験はポジティブに感じていますか?

土井 結果的にはすごくよかったなと思っています。ちゃんと苦難から逃げずに向き合って、荒波を乗り越えた人のほうが成長すると考えているので。そういった経験を乗り越えると、言葉にも力が宿るんじゃないでしょうか。

 いま苦しい状況に立っている人は、逆にチャンスだと思って戦い抜いたほうがいいと思うんです。乗り越えられなそうな状況であればあるほど、乗り越えた先に広がる視野が全然違ってくるのかなと。精神的に強くなるだけじゃなくて、周りに与える影響も大きくなるので、そういう意味でもいま大変な状況にいる人たちには、その思考でなんとか立ち向かってほしいですね。

―― 長く生きていれば何かしらの壁にぶち当たりますよね。

土井 問題があった時に「そこから逃げたり後退したりっていうのはよくない、だからただ戦い続けて前に進まなきゃいけない」って思う人がたくさんいるんですよ。

 僕はまず、壁にたどり着いたこと時点で自分を褒めてあげてほしいと思います。その壁にまでたどり着けない人もいるし、たどり着く前に後ろを振り返ってしまう。だからまずは自分を褒めてあげて、そして時には後退をしてもいい。その後退は壁を乗り越えた時に、より遠くへ行くために必要なこともあります。

 ただ、後退の仕方が大事です。後ろを向いて下がるのではなく、僕は過去を振り返らないと言いましたが、それは"前を向いたままバックステップをする"ということなんです。より遠くに行くために助走をつけているようなイメージで。

 わかりやすい例でいうと、ハンドボールが全然うまくいかない時期があったとします。僕は、その時は思いきって1週間ぐらい休んでいいと思うんです。その間に本当に好きなこと、自分が楽しいと思えることをひたすらやって、ハンドボールのことは一度忘れます。それでまたハンドボールを頑張ろうって気持ちが生まれてきます。本当に駄目な時って、マインドセットも悪循環に入っちゃっているので、そこから脱するためにはそういう時期が必要だったりするんです。

―― 日本では学校でのいじめや自殺などが社会問題化していますが、土井さんがおっしゃっていることは、そういう現状も意識されているように思います。

土井 フランスでの生活で強く感じたのが「孤独感が最強の敵」だということです。ひとりになったと思い込んで強い孤独を感じてしまって。当時の僕もそういう状況まで追い込まれて、精神的にもかなりタフな状況まで追い込まれていたので、その気持ちは本当によくわかります。

 まずは、自分自身をもっとリスペクトしてあげてください。僕は日本の文化が大好きですし、相手を敬う精神も尊敬していますけれど、自分を卑下してまで相手を敬う必要はないと思うんです。上司であろうが誰であろうが、その人が間違っていると思ったらそう言ったほうがいい。でも、日本ってそういうことを言葉にしにくい文化じゃないですか。だからどんどんストレスを溜めてしまうんじゃないかと。

 思いきって自分を出してみる。それで周りにどれだけ否定されようが、自分だけは自分のことを否定しない。僕もそれだけはしなかったですし、してほしくない。そこを忘れてほしくありません。

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