プロ野球選手からアメフト選手へ転身。元ベイスターズ石川雄洋「憧れのイメージがずっとあった」
横浜DeNAベイスターズを引退後、アメフト選手としてノジマ相模原ライズに入団した石川雄洋選手「デビュー戦は、ドキドキしました」
元横浜DeNAベイスターズの石川雄洋(35歳)は、そう言って笑顔を見せた。
9月4日のアメリカンフットボールXリーグ、富士通フロンティアーズ戦との開幕戦、石川はノジマ相模原ライズのワイドレシーバーとして出場。ロングパスをキャッチするなど、堂々としたプレーでデビュー戦を飾った。スタンドにはベイスターズのユニフォームを着たファンが駆けつけ、ツイッター上では #石川雄洋 でプレーの様子などがツイートされ、デビュー戦を盛り上げた。
アメフトに挑戦する他競技のトップアスリートは、元横綱の花田勝さん(オンワードスカイラークス)、元ラグビー日本代表の山田章仁さん(相模原ライズ)などの例があるが、元プロ野球選手は初の事例である。横浜DeNAベイスターズで16年間プレーし、キャプテンまで務めた石川は、なぜアメフトに転向したのだろうか――。
アメフトの世界でプレーし始めた石川は、野球歴でいうとエリートである。
高校野球は名門・横浜高校の出身で、同期には涌井秀章投手(東北楽天ゴールデンイーグルス)らがいる。静岡で野球をしていた石川は当初、異なる高校への進学を考えていたが急遽なくなり、横浜への進学が決まった。入学すると各中学校でお山の大将みたいな選手がゴロゴロいた。
「同級生のメンバーを見た時、涌井を始め、全国で活躍している選手、静岡の田舎で野球をしていた僕でもわかるような有名な選手がたくさんいました。その中でどれだけできるか、3年間、やっていけるのか。不安な気持ちのほうが大きかったです」
寮生活を送りながら「レギュラーになりたい」「甲子園に行きたい」という思いを持って必死に努力した。そうして高2の時には第75回選抜大会で甲子園に出場し、準優勝したが個人的には結果を残せなかった。続く高3の夏の甲子園では準々決勝で、当大会で優勝した駒大苫小牧に敗れたが、石川は14打数10安打と打ちまくり、大活躍をして注目を浴びた。
「春が全然打てなくて、その悔しさがずっとあって、最後の夏に挽回するチャンスをもらえたので、気合いが入っていました。まさか、あんなに打てると思っていなかったので驚きましたね。かなり出来すぎでした(笑)」
夏の甲子園での活躍は、ドラフトに多分に影響を及ぼす。
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