井上雄彦×渡邊雄太スペシャル対談02 コミックス31巻と渡邊少年の『SLAM DUNK』秘話 (5ページ目)
井上 あのシーン、描く側としては試合が終盤にいくにつれて、読む人をどんどん引き込みたいという気持ちがあって。セリフといった言葉があると、読者は読んで「受け取って」しまうからどうしても「受け身」になってしまう。そうではなく、読む人に「能動的」に漫画の中に、試合の中に入ってほしかったんです。
渡邊 僕も『SLAM DUNK』のいちファンとして、本当に引き込まれました。それくらいファンだったので、高校を卒業してアメリカのプレップスクールへの進学を考えた時も、『スラムダンク奨学金』のことは知っていました。でも、アメリカ行きを決めたのが遅かったので、応募のタイミングと合わず。
ところが、縁があって行かせてもらったセントトーマスモアスクールが、現在の『スラムダンク奨学金』の派遣先になっているので、そこにも縁を感じています。
井上 (渡邊選手がアメリカへ渡った)当時は、サウスケントスクールが派遣先だった。
渡邊 はい。その当時、サウスケントに『スラムダンク奨学金』で来ていた選手とも対戦しましたし。
井上 (第6期生の山木)泰斗?
渡邊 はい。たしか、ホームとアウェーで2度。
井上 泰斗はそんなこと言ってなかったな。言ってくれればいいのに(笑)。
渡邊 試合後にもちろん会話もしたので、よく覚えています。
※ ※ ※ ※ ※
渡邊選手のバスケット人生に大きな影響を及ぼしていた『SLAM DUNK』。そしてNBAで活躍する渡邊選手の姿から影響を受ける井上氏。互いに高め合う両者だが、高まっているという点では日本バスケットボール界もまた同様だ。
スペシャル対談03(後編)では、日本バスケのこれまでの成長に対する実感、そしてこれから控えるワールドカップへの意気込みを語り合ってもらう。
(つづく。03=8月8日配信予定)
◆井上雄彦×渡邊雄太・03>>「日本のバスケで体格の小さいほうが大きいほうを倒す」
【profile】
井上雄彦(いのうえ・たけひこ)
1967年1月12日生まれ、鹿児島県伊佐市(旧・大口市)出身。1990年に週刊少年ジャンプにて『SLAM DUNK』、1998年にモーニングにて『バガボンド』、1999年に週刊ヤングジャンプにて『リアル』の連載を開始。2006年に「スラムダンク奨学金」を設立。2022年に監督・脚本を務めた『THE FIRST SLAM DUNK』が公開される。
渡邊雄太(わたなべ・ゆうた)
1994年10月13日生まれ、香川県木田郡出身。尽誠学園を2年連続でウインターカップ準優勝に導いたのち、アメリカ留学を決意。プレップスクールを経由して2014年9月にジョージ・ワシントン大に進学。大学卒業後、サマーリーグで結果を残してメンフィス・グリズリーズとツーウェイ契約を結び、2018年10月に日本人ふたり目のNBA選手となる。その後、トロント・ラプターズやブルックルン・ネッツでプレーし、2023年7月にフェニックス・サンズと契約。ポジション=スモールフォワード。身長206cm、体重98kg。
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