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【女子バスケ】大神雄子、30歳で決断した海外再挑戦の理由。 (2ページ目)

  • 小永吉陽子●文・写真 text&photo by Konagayoshi Yoko

「日本のバスケットが強くなるため、メジャーになるためには日本代表が強くならなきゃいけない。WJBLは外国人を導入する制度や、逆にレンタル移籍で日本から海外に行く制度はありません。ならば、日本のリーグから出て行って海外の選手とやりあい、その経験を日本に伝えていくことで、日本のレベルを上げていきたいんです。それも、自分が現役のうちに、あとに続く選手が一人、二人と出てほしい。だから今なんです」

 30歳での海外再挑戦。しかもケガと一生向き合っていく中での決心には悩んだ時期もあったというが、最大の理由ともいえる"信念"だけは曲げるわけにはいかなかった。

「選手である以上は何歳になっても常に上を目指したい。海外に行くのはJX-ENEOSの大神として行くんじゃない。あくまで日の丸を背負った大神が行くんです。個人のレベルアップが、日本のレベルアップにもつながると思っています」

 日本ではWJBLに所属していれば、選手生活を続けるための環境はすべて整っている。栄養満点の食事と住むところが与えられ、練習や生活のスケジュールが管理された中で試合を行なう。海外のリーグはそうはいかない。自分の年俸と生き残りをかけて、保証がない中で競わなくてはならない。食事のバランスは自分で考え、チームの練習以外にトレーニングする時間を自ら作り、見知らぬ国の文化と言葉の壁にぶつかりながら、様々な国から集まる選手たちとコミュニケーションを図る。そうした中で培われた対応力やタフさは、大舞台のコート上では表現力となって表れる。

 オリンピック最終予選での日本は、準備した戦術に関しては遂行することができたが、あと一勝というところまで迫ったカナダ戦において、駆け引きができずに敗れてしまった。2004年にチーム最年少、22歳で出場したオリンピックの舞台。気がつけば大神は30歳となり、現在の日本代表でオリンピックを知る唯一の選手となってしまった。先輩から受け継いだものを橋渡しする役目は大神にしか出来ないのだ。

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