「いぶし銀ライダー」は就活中。玄人受けするドヴィツィオーゾの魅力 (4ページ目)

  • 西村章●取材・文 text by Nishimura Akira
  • 竹内秀信●写真 photo by Takeuchi Hidenobu

 ダッリーニャの陣頭指揮のもとで着々と力をつけ始めたドゥカティは、やがて、かつて以上の強さを発揮して強豪ファクトリーの地位を取り戻した。ドヴィツィオーゾは16年のマレーシアGPで、09年のホンダ時代以来の優勝を達成。翌年以降は、ドゥカティの熟成とも相まって、毎レース熾烈(しれつ)な優勝争いを繰り広げるトップライダーとしての地位を確立する。17年から19年までの3シーズンは、いずれもランキング2位で終えている。 

2019年カタールGPのアンドレア・ドヴィツィオーゾ(左)2019年カタールGPのアンドレア・ドヴィツィオーゾ(左) これらのシーズンでチャンピオンのマルケスを相手に、一騎打ちのバトルを繰り広げて彼を押さえ込み、複数回の勝利を挙げているのはドヴィツィオーゾだけだ。17年のオーストリアGPは0.176秒、日本GPでは0.249秒、18年のカタールGPで0.027秒、19年のカタールGPも0.023秒、そしてこの年のオーストリアGPでも0.213秒、といずれもマルケスとの直接対決をごく僅差で制している。

 一方で、ドヴィツィオーゾは常に、自分たちの抱える問題に対して沈着冷静な指摘も続けてきた。強力な動力性能という武器を持つ反面、旋回性の悪さは積年の改善課題で、ドヴィツィオーゾはそれを「ドゥカティのDNA」と表現した。また、この欠点が浮き彫りになって結果を出せないレースウィークには、「これがぼくたちのリアリティ(等身大の姿)なんだ」と言い表すことも多くなった。

 これは、彼らが強さを発揮し始めたことに対する裏腹な表現、ともいえるだろう。そのような見方に対して「あなたは少々悲観的ではないのか?」と訊ねられたこともあったが、その際には「ぼくはペシミストじゃない、リアリストなんだ」と返した。これもまた、いかにもドヴィツィオーゾらしい言葉づかいだ。

 とはいえ、ドゥカティを現在の地位へ押し上げた最大の功労者のひとりがドヴィツィオーゾであることは間違いない。だからこそ、おそらく彼はこのままドゥカティでライダー人生を全うするのだろうと思われた。だが、両者の関係は必ずしもうまくいっていたわけではなかったようだ。

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