震災直後の日本にエール。MotoGP王者のストーナーは誠実であり続けた (6ページ目)

  • 西村章●取材・文 text by Nishimura Akira
  • 竹内秀信●撮影 photo by Takeuchi Hidenobu

 翌12年シーズンも連覇を期待されたが、シーズン序盤のフランスGPで突然の引退を発表したのは、この連載の前々回冒頭で記したとおりだ。

 開幕戦は3位、第2戦スペインGPと第3戦ポルトガルGPで連勝。この時すでに、13年のオファーをホンダから受けていたという。提示された契約金額も破格だった。しかし、ストーナーは心中で引退を決意しており、ここで引退を翻すようなことをすれば、金のために己の気持ちに嘘をつくことになってしまう。それをよしとしない潔さもまた、いかにもストーナーらしい。

 12年シーズン中には腕上がり(酷使などによる腕の筋肉疲労)や脚の負傷などもあって、前年度のような破竹の連勝劇には至らず、王座の連覇達成はならなかった。それでも、最終戦を次に控えたオーストラリアGPでは07年以来の地元連勝記録をさらに延長。現役最後のホームレースを9秒差の圧勝で飾った。

 最終戦バレンシアGPでも3位を獲得し、この年は5勝を含む10表彰台でランキング3位とした。現役最後のレースを表彰台で飾ったストーナーに涙はなく、その顔はうちから湧き出る自然な笑みに満ちていた。

 12年シーズン最後のレースを終えた月曜日のバレンシア・サーキットでは、11年間のグランプリ生活を圧倒的な記録とともに駆け抜けたストーナーが、日々の生活を過ごしたモーターホームの後片付けを行なっていた。ストーナーは、友人や知人へのあいさつをひととおり終えた昼すぎ、いつものようにさりげなくサーキットを後にした。

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