2020.05.06

セナを激怒させ、六本木で飲み歩く。エディ・アーバインと日本の深い関係

  • 川原田剛●文 text by Kawarada Tsuyoshi
  • photo by Ferrari

記憶に残るドライバー列伝(3) 
エディ・アーバイン
フェラーリやジャガーで活躍したアーバイン 今から30年ほど前、日本のレース界から毎年のようにF1ドライバーが輩出され、サーキットに超満員の観客が詰めかける時代があった。

 バブル末期の1990年から91年、国内最高峰の全日本F3000選手権では1レースのエントリーが30台を超え、観客数が5万~6万は当たり前だった。90年の富士スピードウェイや91年のオートポリスなど、7万人を超えるイベントさえあった。

 コース上では世界中から有望な才能が集結し、頂点を目指して互いの腕を競い合った。ジョニー・ハーバート、ハインツ‐ハラルド・フレンツェン、ミカ・サロ、のちにF1で史上最多の通算7度の世界王者に輝くミハエル・シューマッハもわずかな期間ではあるが、全日本F3000で戦い、F1に羽ばたいていった。

 そのシューマッハと90年代後半にフェラーリでコンビを組んだエディ・アーバインも日本で活躍したドライバーのひとりだ。