2019.09.13

室屋義秀が明かすエアレース最終戦の裏側。
次の行き先は「見えている」

  • 浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki

 きっかけは、2008年の終わりごろだっただろうか、あるウェブメディアから受けた1本の電話だった。

「来年からエアレースに参戦する日本人がいるんです。インタビューしてみませんか」

 そのルーキーパイロットこそが、のちにレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップで、世界チャンピオンにまで上り詰める室屋義秀である。

 こうして始まった室屋の取材は、途中休止期間はあったものの、かれこれ10年ほど続いている。レースが終わる度に現地で、あるいは室屋が帰国後に話を聞き、レースレポートやコラムという形でまとめた原稿が、複数のメディアに掲載されてきた。

 室屋が通算8シーズンで出場したレース数は54。あらためて数えてみたら、そのうち39戦を現地で取材させてもらった。その数には正直、自分でも驚いている。

 9月8日、今季限りで終了するレッドブル・エアレースのラストレースも、千葉・幕張海浜公園で取材させてもらった。レース序盤から波乱の展開で進むなか、室屋は3度目の千葉戦制覇で有終の美を飾った。年間総合優勝にはわずか1ポイント差で届かなかったが、室屋は笑顔だった。「100%満足している」。そんな言葉も、本人の口から聞くことができた。すばらしいフィナーレだった。

 ところが、だ。その日の夕方、室屋がSNSを通じて発表した、ファンや関係者へ向けたコメントを見て、何とも形容し難い気分になった。以下に、その一部を抜粋する。

〈2009年のデビューから8シーズン・54戦。自分の力を100%出し切れた事、何も思い残す事なくエアレースパイロットを終えられる事、幸せの極みです。(原文まま)〉

 レッドブル・エアレースの終了が決定した(というより、すでに終了した)以上、室屋は9月8日を最後に、エアレースパイロットの職務を終えたと言えるのかもしれない。

 しかし、現状においては、レッドブルという冠スポンサーが外れることは決定済みだとしても、希望的観測も含め、エアレースが形を変えて継続、あるいは再開する可能性がないわけではない。にもかかわらず、室屋のコメントは、そんな淡い期待をあえて打ち砕こうとしているかのように響いた。