【F1】あの事故から20年。中嶋悟が語る「セナの素顔」 (2ページ目)

  • 川原田剛●取材・文 text by Kawarada Tsuyoshi photo by Murakami Shogo

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 だから、僕だって自信満々でF1のサーキットに行ったわけです。でも世界各国の選りすぐりのヤツらが集まってくるのがF1です。しかも、最初にチームメイトになったのがスーパーマンのセナだった。当時のセナは20代半ばで、「これからチャンピオンになるぞ!」と気力も体力も充実していました。

中嶋氏は、参戦初年度、セナからさまざまなアドバイスをもらったという photo by  Grand Prix Photo/AFLO中嶋氏は、参戦初年度、セナからさまざまなアドバイスをもらったという photo by Grand Prix Photo/AFLO でも、僕がF1にデビューしたのは34歳です。日本で10年もF1ドライバーになるチャンスを模索し、ようやくその切符を手にしましたが、スポーツ選手としての肉体的なピークは過ぎていました。そんなふたりが出会い、チームメイトになったのです。

 デビューの年、僕は全16サーキットのうち10ぐらいは走ったことがなかったので、どうしてもコースを理解するのに時間がかかってしまいます。ところがセナは最初のセッションから、とんでもないスピードで走っていく。すごくショックでした。「エラいヤツとチームメイトになってしまった。とんでもないところに来てしまった」って。

 だからといって、ただ落ち込んでいたわけじゃないですよ。「やっと夢のF1まで来たのだから、自分の持っているすべての力を出してやる!」と思いながら戦っていました。そういう気持ちを持っていないと、やっていられない世界ですから。

 チームメイトだった時のセナは、F1参戦1年目の僕によくアドバイスをくれました。例えば、「あのコーナーのバンプは危ないので避けたほうがいい」とか、自分の経験をもとにコースの危険なところを指摘してくれました。また当時のF1はオートマチックじゃないので、シフトチェンジの多いモナコでは、手のひらの皮がむけてしまう。だから手が痛くならないように、テーピングの仕方を教えてくれたりもしました。「これやったら絶対にいいよ!」と、僕の手に薬をぬって、テープを巻いてくれましたよ。

 でも、そういうことをしてくれるのは僕が敵じゃないからです。宿敵だったアラン・プロストにはそういうことは絶対にしませんよね。だからマクラーレン時代にプロストとチャンピオンを争っていた時のような、切羽詰まったセナの姿は見たことがありません。

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