2022.04.27

天皇賞・春で思い出すメジロマックイーン。トウカイテイオーとの世紀の対決などその輝きを振り返る

  • 河合力●文 text by Kawai Chikara
  • photo by Kyodo News

 個性豊かな"ウマ娘"が登場するスマホゲーム「ウマ娘 プリティダービー」。数あるキャラクターの中で、天皇賞を語るなら絶対に外せない"名家のお嬢様"がいる。ウマ娘のメジロマックイーンである。

期待に応えて1991年、1992年の天皇賞・春を制したメジロマックイーン期待に応えて1991年、1992年の天皇賞・春を制したメジロマックイーン この記事に関連する写真を見る  ゲーム内でメジロマックイーンは、名門メジロ家に生まれ、そのメジロ家が重視する天皇賞制覇を悲願としてきた。そして、実際に天皇賞で無類の強さを誇り、名家の期待に見事応えたのだった。

 ファンにはお馴染みのストーリーだが、決してフィクションではない。このウマ娘のモチーフとなった競走馬・メジロマックイーンの半生がベースになっている。

 日本競馬において、長きにわたり君臨してきた一大勢力があった。馬名の頭に「メジロ」と名のつく、メジロ軍団である。多数の名馬を輩出してきたメジロ軍団は、一貫して天皇賞勝利を目標に掲げてきたのだった。

 ちなみに、天皇賞は、春と秋の年2回施行される。今でこそ、春は京都・芝3200m(※今年は阪神開催)での実施、秋は東京・芝2000mでの実施となっているが、もともとは、どちらも芝・3200mの長距離で争っていた。そして、メジロ軍団が大切にしていたのは、古くから続く3200mの天皇賞である。
 
 そのため、メジロの馬は長距離に強い"ステイヤー"が多い。1987年に生まれたメジロマックイーンも例外ではない。むしろ、メジロの至宝といっていい、長距離血統の持ち主である。

 なぜなら、マックイーンの祖父メジロアサマと父メジロティターンは、3200mの天皇賞を制していたのだ。まさに、長距離王国メジロが紡いだ血統の結晶。こういった背景がウマ娘で反映されている。

 その期待に応えるように、競走馬のメジロマックイーンは、天皇賞・春で輝きを見せることになる。

 1990年、4歳(現3歳)でデビューした同馬は、その年の秋に長距離GⅠの菊花賞(京都・芝3000m)を制する。そして、翌1991年4月、この馬にとって初めての天皇賞・春に挑むこととなった。

 このレースに勝てば、父子三代による天皇賞制覇の偉業を達成する。周囲の大きな期待と重圧がのしかかったが、終わってみればあまりにあっさりと、メジロマックイーンは偉業を達成した。

 その後、10月に行なわれた天皇賞・秋では、1着でゴールしながら他馬への進路妨害により18着降着という憂き目にあってしまう。そんな悲劇も経て翌年、6歳となった1992年4月には、天皇賞・春の連覇に挑んだ。