2013.05.19

【競馬】繁殖牝馬シルバーレーンが新興牧場にもたらした「奇跡」

  • 河合力●文 text&photo by Kawai Chikara

事務所に飾られている、ピンクカメオが制したNHKマイルカップの優勝レイ。『パカパカファーム』成功の舞台裏
連載●第15回

アイルランド人のハリー・スウィーニィ氏が『パカパカファーム』(北海道新冠町)を開場したのは、2001年。七冠馬テイエムオペラオーと激闘を演じたメイショウドトウの母などを所有して、早々に話題を集めた。そして2007年、開場からわずか6年でGI馬を輩出。「大穴」を開けた一頭の牝馬が、牧場の名を一気に高めた。

 去る5月1日、パカパカファームで繋養されていた繁殖牝馬シルバーレーンが亡くなった。彼女は、1999年のスプリンターズS(GI)と2001年の安田記念(GI)を制したブラックホークの母であり、何を隠そうパカパカファーム生産馬として、初めてGIを獲得したピンクカメオの母でもある。享年28歳。サラブレッドとしては大往生だった。

 アメリカ生まれのシルバーレーンは、欧州での競走生活を終えると、イギリスで繁殖生活を送った。ブラックホークを産んだのは、1994年。彼女が9歳のときだった。

 その彼女に、スウィーニィ氏が目をつけたのは、2002年のことだった。

「息子のブラックホークだけでなく、シルバーレーンの孫である、マルターズホークやシベリアンホーク(ともに母はミスティシルバー)も、日本で実績を上げ始めていました。ゆえに、彼女が日本に来て繁殖生活を送れば、素晴らしい結果が出せると思ったのです」

 即座にイギリスへと赴いたスウィーニィ氏は、繋養されていたウォーターシップダウンスタッドから、シルバーレーンを導入。そのとき、すでに受胎していたシングスピールの牝馬(シルバートレイン)は翌春に産まれた。

 そして、シルバーレーンの日本での繁殖生活の第一歩、スウィーニィが最初の配合相手として選択したのは、種牡馬フレンチデピュティだった。