2019.11.21

【木村和久連載】第4次ブーム到来か。
日本のゴルフブームを検証する

  • 木村和久●文 text by Kimura Kazuhisa
  • 服部元信●イラスト illustration by Hattori Motonobu

専門誌では読めない雑学コラム
木村和久の「お気楽ゴルフ」連載●第231回

 最近、世の中の新陳代謝が激しく、新人タレントさんなどは認識できない場合が多いです。現在、「お笑い第7世代」が活躍中だそうですが、それ以前の「第6世代」や「第5世代」すら見当がつかず、オジさんは困り果てています。

「第1世代」って、エノケン(榎本健一)や花菱アチャコのこと? そもそも最初がわからないんだから……。誰か、説明してくれぇ~。

 ところで、現在、渋野日向子選手やタイガー・ウッズの活躍に沸く日本のゴルフ界はどうなのか。今は「第何次ゴルフブーム」なのか、みなさん、わかりますか?

 わからないでしょ? でも大丈夫。私もわかりませんから、ご心配なく。

 そんなわけで、今回は最初のゴルフブームから検証し、今のブームを客観的に捉えてみたいと思います。

◆第1次ブーム
 戦後、ゴルフの大衆化を押し上げたのは、1957年に霞ヶ関カンツリー倶楽部で行なわれた第5回カナダカップ(ワールドカップの前身)。日本チームの中村寅吉選手&小野光一選手が団体優勝を飾って、個人でも中村選手が優勝を果たしたことが大きいです。

 同大会には、世界30カ国、計60選手が出場。4日間のトーナメントで勝敗が争われました。日本チームは、日本独特の高麗グリーンを味方につけて、2日目からトップに立つと、そのまま独走。最終的には2位のアメリカ、サム・スニード&ジミー・デマレー組に9打差をつけて圧勝しました。個人でも、中村選手がサム・スニードに7打差をつけての優勝でした。

 つまり、世界の強豪と渡り合って、完全優勝を遂げたので、もの凄く話題になって、一躍ゴルフというスポーツが脚光を浴びたのです。それから、日本のゴルフ場建設が急ピッチで進んで、大衆化へと弾みがつきました。

 カナダカップの観戦に霞ヶ関CCに訪れたギャラリーの数は、4日間で1万5000人ほどだったそうです。当時、自家用車はもちろん、公共の電車やバスも少なかった時代。そうした状況にあって、これだけのギャラリーが押し寄せたことは、本当に驚異ですよね。

 それで、中村選手は力道山みたいな、国民の憧れの存在になったんですな。