サッカー日本代表監督の有力候補だったペジェグリーニ 多国籍軍を操る知性派のマネジメント (3ページ目)
【小さな町のクラブを欧州の高みへ】
2004年からはラ・リーガのビジャレアルで指揮を取り、グローバルな人材を率いる異能が輝く。ファン・ロマン・リケルメ、ディエゴ・フォルランなど南米の選手たちを中心に、チームは陶酔のパスワークを披露。就任1年目で3位に躍進した。翌2005-06シーズンにはCLベスト4となり、欧州中の度肝を抜いている。
メッシが崇拝するほどの天才的プレーヤーであるリケルメの真価を引き出したマネジメントは象徴的だ。
「守備をしない、やる気もない」
リケルメの評価はバルセロナで地に落ち、問題児のように扱われていたが、ペジェグリーニはネガティブなところよりも、ポジティブなところを評価した。そのキック&コントロールは比類なく、創造性も群を抜いていた。それを生かすために守備が得意な選手を配し、負担を取り除いたのである。結果、リケルメはファンタジスタとしてチームを押し上げた。
ペジェグリーニは、リケルメを指導する難しさも承知していたという。桁違いの選手であるリケルメは同時に自負心も強く、反抗的で、従順とは言えなかった。しかし、ピッチに立った時のビジョンは周りを圧倒していた。ペジェグリーニはそのビジョンを用いる決断をした。チームには不安定な要素は残ったが、それは感情の起伏の激しいリケルメにはむしろもってこいのカオスで、小さな町のクラブは未曾有の結果を叩き出したのである。
ペジェグリーニはレアル・マドリードで解任の憂き目にあったが、現在はベティスを率いて7年目。選手の能力を引き出し、毎シーズン常に欧州カップ戦の出場権を獲得の順位をキープしている。彼は何気ない指示で一線を画す。
「ボールを持っている選手はスローでいい。でもその時、周りはスピードを上げろ」
ひとりへのメッセージではなく、つながりが感じられる。大学で土木技師の資格を取得している経歴も関係しているのか。物事を構築するコンセプトが具体的かつ論理的。それが多国籍軍を統率できる秘訣かもしれない。
マヌエル・ペジェグリーニ
1953年、チリ・サンティアゴ生まれ。現役時代はウニベルシダ・デ・チレで451試合に出場。86年に引退すると、88年に同チームの監督に就任する。以後、サン・ロレンソ、リーベルプレート、ビジャレアル、レアル・マドリード、マラガ、マンチェスター・シティ、ウェストハムなどの監督を歴任。2020年からベティスを率いている。
著者プロフィール

小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。
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