中田英寿からの労いの言葉で、全身の緊張が一瞬にして溶けた 親しい人には「すごく人懐っこい」一面も (3ページ目)
【笑顔をもっと見たかった】
同じようなことは、同時期にイタリアで取材をしたマーク・ブレッシアーノからも聞いた。この多才なMFは、パルマで中田とチームメイトだった。オーストラリア代表として2006年から3大会連続でワールドカップに出場しており、ドイツ大会の日本戦でも先発に名を連ねた。
「とてもプロフェッショナルな選手だ。すでに勝敗が決したと思われる試合でも、ピッチを去るまで全力でプレーする。練習でも常に力を出しきっていた。彼のそういう姿勢が、僕はとても好きだったよ」
中田が2003-04シーズンの途中にパルマを離れたことで、彼らはチームメイトではなくなった。「でも、試合で対戦すれば話をしたよ。セリエAでも、代表の試合でもね」とブレッシアーノは懐かしそうに話した。
「中田が引退したのも知っているよ。彼とはワールドカップの前にも後にも話をしたから。ワールドカップの試合後のスタジアムで、『来シーズンはどうするの?』って聞いたら、『正直、どうするかはわからないけど、やめようかなぁとも考えているんだ』って。だから、ホントにそういう決断をしたんだ、と思ったんだ」
ここまで書いてきて、ある記憶の扉が開いた。
2008年8月に、前園真聖のキャリアを辿る書籍を担当した。1996年のアトランタ五輪を掘り下げるために、中田にインタビューを依頼した。
こちらが希望した期日内に、都内で時間をもらうことができた。少しばかりの緊張とともに取材を進めていくと、若き日の彼らが思い浮かぶエピソードを話してくれた。質問が尽きずに約束の時間を過ぎてしまったが、彼は最後まで付き合ってくれた。
練習や試合後に取材をする機会が限られたため、僕自身はその人柄にほとんど触れることができなかった。ただ、彼の周辺から聞こえてくる「中田英寿」という人物は、サッカーに対してきわめて誠実で、人間的な魅力にあふれている。
引退後の彼がかつてのチームメイトや、そのクラブのレジェンドと笑顔で語り合うのを見るたびに、現役時代にそんな表情をもっと見たかったなと思い、プロフェッショナルな姿勢がそれを許さなかったのかな──とも思う。
著者プロフィール
戸塚 啓 (とつか・けい)
スポーツライター。 1968年生まれ、神奈川県出身。法政大学法学部卒。サッカー専
門誌記者を経てフリーに。サッカーワールドカップは1998年より 7大会連続取材。サッカーJ2大宮アルディージャオフィシャルライター、ラグビーリーグ ワン東芝ブレイブルーパス東京契約ライター。近著に『JFAの挑戦-コロナと戦う日本 サッカー』(小学館)
【図】2026年ワールドカップのサッカー日本代表メンバー予想
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