旗手怜央×林陵平対談「ひとりで何かができる選手になりたい」林陵平がオススメするお手本の選手とは

  • text by Harada Daisuke

旗手怜央の欧州フットボール日記 第24回 
林陵平×旗手怜央 特別対談・前編

セルティックで3シーズン目を終えた旗手怜央と、人気解説者でスポルティーバYouTubeでも活躍中の林陵平氏が対談。セルティックでの2023-24シーズンを振り返ります。

旗手怜央と人気解説者の林陵平氏が対談。セルティックのサッカーを熱く語り合った photo by Isogai Takuya旗手怜央と人気解説者の林陵平氏が対談。セルティックのサッカーを熱く語り合った photo by Isogai Takuyaこの記事に関連する写真を見る【動画】旗手怜央×林陵平 ポステコグルーとロジャーズの違いを語る!

【サッカーへの熱量がすごい】

林陵平(以下:林) まずは2023-24シーズン、お疲れさまでした。

旗手怜央(以下:旗手) ありがとうございます。

 振り返ると、どんなシーズンでしたか?

旗手 個人的にはケガが多かったので、難しかったというか、どこかもどかしいシーズンでした。それでもセルティックとしてはタイトルをふたつ獲り、リーグでは3連覇という結果を残せました。日本代表ではアジアカップも経験させてもらい、少しずつ(代表に)選ばれる機会も増え、経験できることも増えています。充実していた反面、もどかしい......そんなシーズンでした。

 ケガで離脱していた期間があったとはいえ、シーズン終盤はインサイドハーフとして主力を務めていました。インサイドハーフ、ボランチ、サイドバック(SB)と、さまざまなポジションでプレーできるポリバレントな印象ですが、ご自身はどこが最もプレーしやすいのでしょうか?

旗手 SBは、川崎フロンターレ時代だけなので。セルティックでは、アンジェ・ポステコグルー監督時代の2試合だけでした。だから、いまだにSBと言われると、個人的には「もう、やってないしな」という感じで。今はインサイドハーフを数多く経験しているので、そこが一番しっくりくるポジションだと思っています。

 セルティックのあるグラスゴーという街はどんなところですか?

旗手 基本的に晴れないんですよね。冬になると、朝の9時ぐらいに明るくなって、夕方の16時にはもう暗くなる。食事も、例えばイタリアやスペイン、フランスと比較してしまうと、やっぱりかなわないところもあるのかなと。でも、自然が豊かで、グラスゴーの隣にエジンバラという街があるのですが、建物がすごくきれいで、少し歩いただけでも、気持ちが洗われます。

 あとは、やっぱり街全体が、サッカーに対する熱気があるので、サッカーをやりに行っている僕としては、そうした環境でプレーできることに幸せを感じています。プライベートな部分は、あまりオススメできるところが少ないですけど(笑)、サッカーをするうえではすごくいい環境だと感じています。

 セルティックの選手だと、街で声を掛けられる機会も多いのですか?

旗手 そうですね。みんな、サッカーへの熱量がすごいので。例えば試合翌日のオフにカフェに行くと声を掛けられますし、例えばカフェの店員にセルティックファンの人がいたら、『コーヒー代はいらないから飲んでいけ』みたいな感じで言ってくれることもあります。そういった熱はやっぱり、すごいなって思います。

 セルティックには前田大然選手や古橋亨梧選手をはじめ、日本人選手が多く在籍していますが、普段から絡みはあるのですか?

旗手 前田選手と岩田(智輝)選手は家族がいるので、オフは家族で過ごしていることが多いですね。だから、オフは各自で過ごすことが多いんですけど、練習場に行くと、やっぱり自然とみんなで話しています。もちろん、たまにはみんなで食事に行くこともありますし、仲はいいと思います。

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著者プロフィール

  • 旗手怜央

    旗手怜央 (はたて・れお)

    1997年11月21日生まれ。三重県鈴鹿市出身。静岡学園高校、順天堂大学を経て、2020年に川崎フロンターレ入り。FWから中盤、サイドバックも務めるなど幅広い活躍でチームのリーグ2連覇に貢献。2021年シーズンはJリーグベストイレブンに選ばれた。またU-24日本代表として東京オリンピックにも出場。2022年3月のカタールW杯アジア最終予選ベトナム戦で、A代表デビューも果たした。2022年1月より、活躍の場をスコットランドのセルティックに移して奮闘中。

  • 林 陵平

    林 陵平 (はやし・りょうへい)

    1986年9月8日生まれ。東京都八王子市出身。ジュニアからユースまで、東京ヴェルディの育成組織でプレーし、明治大学を経て2009年に東京ヴェルディ入り。レフティの大型FWとして活躍した。10年に柏レイソルに移籍し、11年にJ1優勝を経験。その後、モンテディオ山形、水戸ホーリーホック、再び東京Ⅴ、FC町田ゼルビア、ザスパクサツ群馬でプレーし、20年に現役を引退。Jリーグ通算300試合出場67得点。現役時代から海外サッカー通として知られ、メディア出演多数。現在はプレミアリーグからJリーグまで幅広く解説を務め、トップランナーとして活躍中。

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