ユーロ2024開催のドイツで50年前に見たW杯 ベテラン記者が明かす今では考えられない移動ルートとチケット購入

連載第3回 
サッカー観戦7000試合超! 後藤健生の「来た、観た、蹴った」

なんと現場観戦7000試合を超えるサッカージャーナリストの後藤健生氏が、豊富な取材経験からサッカーの歴史、文化、エピソードを綴ります。第3回はユーロ2024が行なわれているドイツで50年前に見たW杯について。現在では考えられない現地への移動手段と試合の入場券購入のお話です。

【50年前の西ドイツW杯 ソ連経由でヨーロッパへ】

 ドイツで開催されているユーロ2024(EURO 2024)もグループリーグ突破チームが出そろってきたが、強豪チームは順当に勝ち上がっているようだ。

 ここ数年ヨーロッパでは「カウンタープレス型」が優位な時代が続いており、最近ではJリーグでもそうしたスタイルのチームが上位を占めるようになっている。だが、今回のEUROを見ていると、長くて正確で速いパスを通して相手の厳しい守備を突く攻撃の型が目立っているように感じる。

 サッカーの流れが、これから変わっていくのだろうか? 決勝トーナメント以降に注目したい。

 さて、前回は50年前の記憶を辿ってドイツサッカーの半世紀を回顧した。

 日本のサッカーもこの50年間ですっかり変わった。1974年当時、日本がW杯に出場することなど想像もできなかったが、今では日本はW杯出場が当たり前。2大会連続でグループリーグを突破し、代表チームは本気で「優勝」を目指している。

 ところで、1974年当時は日本からW杯を観戦に行くこと自体がなかなか難しかった。

 海外旅行が自由化されてすでに10年以上が経過していたが、庶民にとって海外旅行はまだまだ"高嶺の花"。日本からヨーロッパまで行くのは手軽なことではなく、一般人が格安航空券を手に入れることも難しかった。

 そこで、僕が選んだのは横浜から客船で日本海を越えてロシア(当時はソ連)の港町ナホトカに上陸。そこから鉄道、飛行機を乗り継いでモスクワに出て、その後ポーランドの首都ワルシャワから東ドイツの首都・東ベルリンに抜けるルートだった。

東ベルリンからは地下鉄に乗って西ベルリンに出て、そこから開幕戦が行なわれるフランクフルト行きの列車に乗った。

 ソ連経由でヨーロッパに抜けるパッケージ旅行があったのだ。

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プロフィール

  • 後藤健生

    後藤健生 (ごとう・たけお)

    1952年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。1964年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、1974年西ドイツW杯以来ワールドカップはすべて現地観戦。カタール大会では29試合を観戦した。2022年12月に生涯観戦試合数は7000試合を超えた。主な著書に『日本サッカー史――日本代表の90年』(2007年、双葉社)、『国立競技場の100年――明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ』(2013年、ミネルヴァ書房)、『森保ジャパン 世界で勝つための条件―日本代表監督論』(2019年、NHK出版新書)など。

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