「シント・トロイデンは21番目のJ1クラブ」 立石敬之CEOが『0円移籍』させない理由 (3ページ目)

  • 中田 徹●取材・文 text by Nakata Toru

 また、さきほども言ったように、DMMが参入した時は外資系クラブが少なかった。だから、まだ6年しか経っていませんが、シント・トロイデンや他クラブの移籍戦略はだいぶ変わりましたよね」

── 冨安選手がボローニャに移籍する前、ユベントスの話もありました。立石CEOのイタリアコネクションの強さを感じます。このルートはどうやって作ったのですか?

「今、私のとなりに座っているガブリエル・ツバルトとの出会いから始まりました。大分トリニータ時代にDFロレンツォ・スターレンス(元ベルギー代表)を獲得した時、ハン・ベルガー(2004年・大分トリニータ監督)さんのエージェントの伝手でガブリエルを紹介してもらいました。それ以来、20年の付き合いになります。

 彼はイタリア在住のブラジル人。今は隠居していますが、FWリバウド(元ブラジル代表)やFWパベル・ネドベド(元チェコ代表)といった大物選手を顧客に持つ敏腕の代理人で、ミノ・ライオラ(サッカー界で最も影響力のあった代理人のひとり)を育てたのも彼なんです。

 今、私はイタリアのGMクラスと10人くらい、直接話をしていますが、そのほとんどはガブリエルの紹介です。マッシモ・フィッカデンティをFC東京の監督(2014年〜2015年)として呼んだのも、長友佑都のセリエA移籍(2010年・チェゼーナ)も、彼のおかげです」

── 冨安選手のボローニャ移籍は、どのような過程を経たのですか?

「プレミアリーグの2クラブが興味を示したのですが、冨安はまだ20歳。私も『いきなりプレミアリーグはどうかな』と思いました。また、理由はわからないんですが、本人がイタリアへ行きたがっていて、イタリア語の勉強をしていて、かなりしゃべることができるようになっていました。

 それで、ガブリエルがボローニャのスカウトをシント・トロイデンに呼び、3人で飲みながら『冨安はとてもいい』という話をしつつ、かなり高い評価のスカウティングレポートを作ってくれました。その後、ボローニャ・チーフスカウトのマルコ・ディ・ヴァイオ(元イタリア代表)が視察に来て、最終的にGMと強化部長が『冨安を獲得しよう』という結論になった。

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