ユーロで優勝、イタリア復活の裏側。マンチーニはこうして「強い代表」を作った
イタリアがヨーロッパの頂点に立ってから、はや1カ月が経とうとしているが、まだイタリアの興奮は冷めやらない。選手のSNSにはいまだカップを抱える投稿が並び、メディアは優勝までのバックステージを語る。イタリア国営放送RAIでは「アッズーリ(イタリア代表)の夢」と題して、昨年9月からチームに密着したドキュメンタリー番組を4夜にわたって放送した。
ユーロに登場したイタリアは力にあふれたチームだった。何者も恐れないディフェンス、レベルの高いテクニカルな中盤、誰にも止めることのできない両サイドからの攻撃。堅守速攻のイタリアのイメージはこのユーロで一新された。ウェンブリーの決勝でイングランドに先制された後のアッズーリは、試合のイニシアチブをとり、イングランドのほうをカテナチオにさせた。
「我々は試合を制した」
誇らしげに監督のロベルト・マンチーニは吠えた。彼こそが、砕け散ったチームを34試合無敗のチームに変身させた主人公だ。
いまや圧倒的な支持率を誇るロベルト・マンチーニ監督。イタリアのマリオ・ドラギ首相、ジョルジオ・キエッリーニとこの記事に関連する写真を見る「アッズーリ・ルネサンス」――今回の勝利をイタリア人はこう呼んでいる。ルネサンスの本来の意味は「再生」だ。
2017年11月、スウェーデンとのプレーオフに敗れ、60年ぶりにW杯出場を逃した時、イタリア人はその状況を「アポカリプス」と呼んだ。キリスト教でこの世の終わりを指す言葉だ。それほどイタリア人にとってはショッキングな出来事だった。人々の心は代表から離れ、選手たちのモチベーションも地に落ちた。チーロ・インモービレなどは、「もう代表で二度とプレーしたくないとさえ思った」と、後に語っている。
イタリアサッカーの歴史の中で、最もアッズーリの威光が地に落ちていた時、その指揮を委ねられたのがロベルト・マンチーニだった。ただ、最初から誰もがマンチーニの手腕を信じていたのかと言えば、そうではない。選手との関係が完全に破綻していたジャンピエロ・ヴェントゥーラ前監督に比べれば、誰でもましだろうという気持ちのほうが大きかった。
「多くのメディアはどちらかといえば懐疑的だった」と、ユーロの実況をしたスカイスポーツの記者マウリツィオ・コンパニョーニ氏は言う。
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