2020.11.03

クラシコに勝利した6日後、
なぜかレアルはトルシエジャパンと戦った

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • 中島大介●写真 Nakashima Daisuke

 試合は1-0でレアル・マドリードが勝利したが、鑑賞に堪える試合ではなかった。試合後、日本代表選手と握手もろくろくかわさずにロッカールームに下がっていくレアル・マドリードの選手たちの姿に、ミスマッチ感は集約されていた。

 レアル・マドリードはその直前、サンティアゴ・ベルナベウで宿敵バルセロナと一戦を交え、勝利を飾っていた。CL準決勝の大一番がクラシコとなっていたのだ。この試合と日本代表戦との落差はあまりにも大きかった。CL準決勝と決勝との間に、わざわざ日本代表と戦う理由はなんだったのか。CL決勝でレバークーゼンに負けていたら、日本戦が原因だったと言われていたかもしれない。

◆「20年前、史上最強と称された日本代表を知っているか?」>>

 それはともかく、筆者はこの一戦を観戦するために1週間前からマドリード入りしていた。宿泊していたのは、サンティアゴ・ベルナベウからカステリャーナ大通りを北に200メートルほど行った右手にある、お気に入りのデザインホテルだった。
 
 2002年5月1日。クラシコとなった準決勝を数時間後に控えたシエスタの時間だったと記憶する。ベッドの上でゴロゴロしている最中だった。

「ドーン!」。ホテルに大砲が撃ち込まれたかのようなド迫力の衝撃音が鳴り響いた。大事故に巻き込まれたに違いないと慌て、窓からカステリャーナ大通りを見下ろせば、パトカーが何台もうんうんとうなりを上げながら集合してきた。

 レアル・マドリード対バルセロナ。この"戦争"の間隙を縫うように、バスク独立運動の先鋭的な集団であるETA(バスク祖国と自由)が仕掛けた爆破テロだった。テレビをつければ、スタジアムの目の前でクルマが何台か横転している映像が映し出されていた。もしその時、表通りを散歩でもしてようものなら、巻き添えを食っていた可能性もあったわけだ。

 試合は延期されるのが普通だ。少なくとも日本ならば、そうしていたはずだ。しかしスペインは違った。「カスティーリャ(マドリード)とカタルーニャ(バルセロナ)の戦いの場にバスクは口出しするな」とばかり、CL準決勝のクラシコは滞りなく開催された。