Jリーグ連覇、海外移籍、日本代表...一般企業に就職した髙萩洋次郎が現役時代を振り返る (3ページ目)
【英語圏のリーグを希望した理由】
髙萩は2013年の東アジアカップで国際Aマッチ初出場を果たしていたものの、当時は"代表候補"にとどまっていた。主力としてJリーグ連覇に貢献した選手であれば、ステップアップとして欧州トップリーグを目指すのが一般的にも思えるが、目指したのはJリーグと比較しても決してレベルが高いとは言えないオーストラリアと韓国だった。ただ、そこには髙萩なりの考えがあった。
「2012年と2013年は連覇したものの、2014年の広島は8位に終わり、オファーこそいただいたものの、契約交渉は納得するようには進みませんでした。そこで、前々から考えていた海外移籍を視野に入れたという感じでした。
ただ、欧州5大リーグなどに行く自信はなかったですし、僕の希望は英語圏のリーグ。広島時代も、ミキッチなど 外国人選手ともっとコミュニケーションが取れたら楽しいし視野が広がるだろうなと思っていましたし、英語が話せるようになったらいいじゃないですか。『ならイングランドでは?』と言われそうですが、それは難しく、オーストラリアかアメリカという選択になりました」
結果的にオーストラリアでのプレーは半年に終わったが、その後の韓国でも英語を使う機会があり、無駄ではなかった。2017年に日本に復帰してからは、それまで以上に外国人選手と会話ができるようになり、充実した選手生活につながったと振り返る。
「FC東京時代は、ピーター・ウタカやネイサン・バーンズ、ジョアン・オマリらとよく食事に行っていましたし、それまで以上に外国人選手とコミュニケーションを取るようになりました。そこは、人としても成長できたかなと思っています」
2013年に日本代表の2試合に出場した髙萩は、2017年に約3年半ぶりに代表復帰すると、ワールドカップアジア最終予選、東アジアE-1選手権でメンバー入りを果たした。しかし、結果的には出場は3試合のみと代表には定着できなかった。髙萩と同じ1986年生まれと言えば、長く代表で活躍した本田圭佑や長友佑都、岡崎慎司らがいるが、彼らとの距離感や日本代表にはどんな思いがあったのか。
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