Jリーグ連覇、海外移籍、日本代表...一般企業に就職した髙萩洋次郎が現役時代を振り返る (2ページ目)
【広島でリーグ連覇に貢献】
「へたなくせに、目立とうとしてしまい......あの試合のあとは、本気でサッカーをやめたいと思いました。
そこで気づいたのは、自分のよさはできることを丁寧に確実にやることです。それからは、いつも自分のリズムを大切にプレーすることを心掛けるようになりました。僕の場合、大事な試合だからといって急に意気込んでふだん以上の力を発揮できるタイプではないですからね。逆に、いつもどおりの気持ちで臨めれば、120%の力を発揮できることがあっても、半分しか発揮できないということはない。なので、いつも平常心で、できることを丁寧にやろうという考え方になっていったんです」
福島県いわき市出身の髙萩は、15歳で地元を離れ、広島のユースに加入。2003年には16歳8カ月3日でトップチームにデビュー(当時のJリーグ最年少出場記録)し、プロとして22年を過ごした。
初出場した湘南ベルマーレ戦の記憶は無我夢中でほとんどないが、主力としてリーグ連覇に貢献した2012、2013シーズンのことは、いまもはっきりと記憶に残っているという。
なかでも2012年はチームトップの12アシスト(4得点)を記録し、優勝を決めた33節のセレッソ大阪戦(4-1)では、ペナルティエリアの外から左足を強振し、見事な先制弾を挙げるなど、キャリア最高のシーズンとなった。
「やっぱり広島で連覇したことはいちばんの思い出ですし、なかでも2012年の初優勝は特別でした。僕自身、それまで大事な試合でゴールを挙げたことがなかったですし、セレッソ戦のゴールは優勝に直結したのでよく覚えています。こぼれ球でしたが、ふだんはあの位置から左足でシュートを打つことなんてなかったですし、初優勝時の映像としてその後もテレビなどでよく目にしたので、余計に覚えているというか(笑)。
あの時はメンバーもよかったですし、何をやってもうまくいったという感覚でした。優勝が決まった時は、うれしくて初めて泣きましたね」
広島で充実した時を過ごしているように思えたが、2015年1月にはオーストラリアのウェスタン・シドニー・ワンダラーズに新天地を求めると、同年夏には韓国のFCソウルに加入し、2シーズンを過ごした。
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