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【Jリーグ】ストイコビッチは怒りを全身から放っていた 名将オシムと重ねて見えたピクシーの監督論 (2ページ目)

  • 戸塚 啓●取材・文 text by Kei Totsuka

【オシムにもベンゲルにもなれないけれど】

 黒革の椅子に身体を預けていたピクシーは、5分ほど話をすると身体を起こした。監督論についてのインタビューを受けることに、ちょっとだけ前向きになってきた。

「監督に大切なのは、サッカーの知識、パーソナリティ、強いキャラクターの3つだ。サッカーに関する知識については、当然ながら選手を上回っていなければならない。質問されたら、いい説明ができなければいけないから。そういう意味で、しっかりとした意見を持っていることは、監督の条件のひとつと言えるだろう」

 ピクシーの言葉を聞いて、僕のなかで記憶のフォルダが開いた。

 かのイビチャ・オシムさんが、「1990年のイタリアワールドカップのチームは大変だった。ピクシー、サビチェビッチ、スシッチと、ファンタジスタがたくさんいたからね。彼らよりたくさんのアイデアを持っていないと、あのチームを率いることはできなかったから」と話している。

 オシムさんの言葉を告げると、ピクシーの眉間のしわが少し減った。10代の頃から指導を受けた「オシム」さんは、波乱万丈のキャリアでも特別な存在だったのだろう。

「20数年前の旧ユーゴスラビア代表で、オシムがどんなトレーニングをしていたのか、今でもよく覚えているよ。ミーティングで何をしゃべっていたのかも。名古屋で2年間だけ一緒にやったベンゲル監督のトレーニングやミーティングもね。彼らを参考にしながら、やっているところはある」

 だからといって、同じことをするわけではないよ、と釘を刺す。

「私には自分のスタイルがある。誰かのイミテーションやコピーのようなサッカーをするつもりはない。オシムにもベンゲルにもなれないけれど、そもそも彼らになるつもりはない。あくまでもオリジナルのスタイルを目指す。人によって好き嫌いはあるかもしれないけれど、それは私の関知するところではないからね」

 サッカーには喜怒哀楽のすべてがある、とピクシーは言った。怒りをかき立てられるのがサッカーなら、それを鎮めるのもまたサッカーなのだろう。サッカーについて語ることで、感情が整っていった。

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