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【Jリーグ】ジョルジーニョは立ち止まらない人だった 受け継がれる「アントラーズの遺伝子」 (4ページ目)

  • 戸塚 啓●取材・文 text by Kei Totsuka

【何歳でもうまくなることができる】

 就任1年目から、リーグカップを獲得した。その一方で、Jリーグでは11位にとどまった。開幕から大きくつまずいてしまい、先行するサンフレッチェ広島とベガルタ仙台の背中がはるか遠いままシーズンが終わった。ふた桁順位はクラブ史上初めてであり、その後もない。

 ジョルジーニョは1年で退任した。タイトルをもたらしてもチームを去るのは、アントラーズだからこそだったのだろう。「選手だった当時は4年在籍して、リーグ戦で2回優勝した。それを超えられる数字を残したい」との野心を、叶えることはできなかった。

 それでも、ジョルジーニョがチームに残したものが消えることはない。常に全力で戦い、最後まであきらめない彼の姿勢は、アントラーズの遺伝子として受け継がれている。

 ジョルジーニョは立ち止まらない人だった。日本には31歳でやってきたが、「サッカーに限らずどんな分野でも、人生は日々勉強だと思う。成長したい気持ちがあれば、何歳でもうまくなることができる」と話した。

 たゆまぬ努力と飽くなき闘争心──。Jリーグ史上最高級の外国人選手が見せた価値観は、当時も今も、10年後も、20年後も、輝き続ける。

著者プロフィール

  • 戸塚 啓

    戸塚 啓 (とつか・けい)

    スポーツライター。 1968年生まれ、神奈川県出身。法政大学法学部卒。サッカー専誌記者を経てフリーに。サッカーワールドカップは1998年より7大会連続取材。サッカーJ2大宮アルディージャオフィシャルライター、ラグビーリーグワン東芝ブレイブルーパス東京契約ライター。近著に『JFAの挑戦-コロナと戦う日本サッカー』(小学館)

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