元祖イケメンJリーガーが語るセカンドキャリア 山田隆裕「人生は思いどおりにならないから面白い」 (3ページ目)
【同期は日本サッカー界の中枢に】
人生にはいくつかの岐路があり「もし違う選択をしていたら」という気持ちは歳を重ねた人なら誰もが抱くのかもしれない。
「サッカー選手になるか、競輪選手になるかもそう。さっき話したように、もし(名古屋)グランパスへ移籍していたら、どうだったのか。ただ、人生は思いどおりにならないから面白い。後悔を挙げればきりがないけれど、愚痴ばかりこぼしていても仕方がないですからね」
サッカー解説などの仕事はこれまでしたことがない。
「だって僕、いまの選手のこととか、よくわからないですから。コミュニケーションスキルには自信がありますが、サッカーを90分間、テレビやスマートフォンで集中して見続けるのは大変じゃないですか(笑)。それに、お腹だって信じられないくらい出てきちゃっていて、もうただのおじさんですからね」
若い頃は端正な顔立ちで注目を集め、実力だけでなくイケメンJリーガーとしても鳴らしていただけに、古くからのファンなら驚くような言葉かもしれないが、そこが山田らしさでもある。
清水商業でチームメイトだった名波浩(日本代表コーチ)や大岩剛(U-23日本代表監督)、同じ静岡のライバル校で凌ぎを削った同期の野々村芳和(清水東出身、Jリーグチェアマン)や森島寛晃(東海大一出身、セレッソ大阪代表取締役会長)らは現在、日本サッカー界の中枢で活躍している。
「みんなには日本サッカーをリードしてもらえたら。サッカーも政治もそうだけど、いつまでも古い体質だとよくない。いろんな意味で改革してもらいたい。
高卒でプロに入って1、2年でクビになる選手も多いなか、31歳までプロでできたのは幸せなこと。選手としては早熟で、僕は人生の早い時期に運を全部、使ってしまったけど、人生は長いし、見栄を張っても続かない。できることをやっていくしかないですからね」
過去や肩書きに縛られることなく、自分らしくいまを生きている。人は人、自分は自分。そのスタイルを貫くのが山田隆裕なのだろう。
山田隆裕(やまだたかひろ)
1972年4月29日生まれ。大阪府高槻市出身。小学校3年の時に静岡県清水市に転居。清水市立商業高校では1年からレギュラーとして活躍。1988年の全国高等学校サッカー選手権大会決勝の市立船橋高校戦では決勝点を挙げる活躍で優勝に貢献。1989年と1990年に2年連続高校総体、全日本ユース選手権制覇に貢献するなどして注目を集めた。高校卒業後、日産自動車(現横浜F・マリノス)に入部。黎明期のJリーグで人気を博した。1992年には日本代表に選出。その後、京都パープルサンガ、ヴェルディ川崎、ベガルタ仙台でプレー。2003年シーズン途中で現役を引退した。
著者プロフィール
栗原正夫 (くりはら・まさお)
1974年6月11日生まれ、埼玉県出身。大学卒業後、放送、ITメディアでスポーツにかかわり、2006年からフリーランスに。サッカーを中心に国内外のスポーツを取材し、週刊誌やスポーツ誌に寄稿。ワールドカップは1998年、夏季五輪は2004年からすべて現地観戦、取材。メジャーよりマイノリティ、メインストリームよりアンダーグラウンド、表より裏が好み。サッカー・ユーロ、ラグビーワールドカップ、テニス4大大会、NBAファイナル、世界陸上などの取材も多数。
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