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元祖イケメンJリーガーが語るセカンドキャリア 山田隆裕「人生は思いどおりにならないから面白い」 (2ページ目)

  • 栗原正夫●文 text by Kurihara Masao

【勝負がかかった試合に関わるのは楽しい】

「僕も53歳になって、あと何年、体が動くかわからない。プロの指導者ライセンスは持っていないので、一緒に楽しみながら教えることを意識しています。ボールに触れるのは新鮮ですし、指導した選手が上達していくのを見るのはうれしいですよ。

 小学生の指導は、(試合で勝つための)チームではなく(技術を伸ばす)スクールなので、とにかく基本を繰り返し教えています。個のスキルを伸ばすには、それしかない。子どもなので体の成長速度は違うし、小学生のうちはどうしても背の高い子やスピードのある子が目立ちます。そんななかで大事なのは、3年後、5年後の伸びをどう想像するかということ。なかには目の前しか見ていない指導者もいますが、子どもの場合はそこを意識してどうアドバイスするかが大切かなと思います。

 11月からは短期間ですが、岐阜のFCボンボネーラでヘッドコーチをしていました。今季は岐阜県1部で優勝し、東海リーグ(2部)への昇格をかけた東海社会人サッカートーナメントにも勝つことができました。今後のことはまったくわかりません。ただスクール的な指導とは違い、久しぶりに勝負がかかっている試合をチームの一員として関われたことはすごく楽しかったですね」

 経済的に恵まれた環境ではなかったからこそ、高校を出てすぐに稼げるとサッカーの道に進んだ山田だが、実は高校卒業時には別の道に進む可能性もあったと振り返る。

「競輪好きな知人から『費用は全部面倒を見てやる』と競輪学校へ行くことを勧められたことがありました。『オマエ、足が速いだけじゃなく、ゴール前の闘争心がある。競輪にいったら、絶対に成功する』と。競輪選手で成功している人は、みんな若い頃、足が速かったという共通点があるらしいです。

 もし競輪の道に進んでいたら、そこそこいけたような気はします。そしたらサッカーの何倍も稼げていたかもしれない。実際に心が動くことはなかったですが、いま、当時に戻れたら競輪にいっちゃうかもしれませんね(笑)」

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