【Jリーグ】「アマラオの後継者」ルーカスは助っ人外国人の模範 ガンバ大阪でもタイトル獲得に貢献 (3ページ目)
【34歳にして健在ぶりをアピール】
そう、ルーカスはJ2リーグでもプレーしている。
2011年にブラジルへ帰国した彼は、古巣のアトレティコ・パラナエンセでプレーを続けていた。しかし、5月に現役を引退している。
日本では古巣のFC東京が、J2リーグに降格していた。1シーズンでのJ1復帰を目指すチームでは、ブラジル人アタッカーのペドロ・ジュニオールが6月に契約解除となった。新たなアタッカーを求めるチームから、ルーカスにオファーが届いた。
「FC東京じゃなかったら、オファーは受けなかった」と言う。「もう一度チームの役に立てると言ってもらったのが、とてもうれしかったんだ」と、笑みを浮かべながら話していた。
シーズン途中の加入ながら、ルーカスは23試合出場で9ゴールを叩き出した。チームでもっとも大きな「49」の背番号を着け、攻撃を力強く牽引した。
チームはJ2優勝でのJ1復帰を果たし、天皇杯でも決勝へ勝ち上がる。ルーカスは京都サンガとの決勝戦で2ゴールをマークし、クラブ初の天皇杯獲得に貢献したのだった。
2012年のJ1では10ゴールをマークし、翌2013年は11ゴールを記録した。34歳にして健在ぶりをアピールしていたが、「まだしっかりとプレーできる状態で引退したかった」と、2013年限りでスパイクを脱いだ。
FC東京復帰後の2011年途中から2013年までは、1試合も欠かすことなくピッチに立ち続けた。ゴールという結果を残しながら、ディフェンスでもハードワークをいとわず、チームへの高い献身性を示し続けたその姿勢は「助っ人外国人の模範」と言っていいだろう。
ルーカスは日本語に堪能だった。こちらの質問は、かなりの確度で理解していた。正確を期すために通訳を介して受け答えすることもあったが、ポルトガル語を話しながら「ええっと......」と日本語で言葉をつないだりもした。微笑ましいやり取りが、自身の周囲の空気を和らげ、笑顔の輪を広げていった。
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