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【Jリーグ】「アマラオの後継者」ルーカスは助っ人外国人の模範 ガンバ大阪でもタイトル獲得に貢献 (2ページ目)

  • 戸塚 啓●取材・文 text by Totsuka Kei

【2009年の天皇杯では大会得点王】

 2003年までのFC東京では、アマラオが絶対的な得点源として君臨していた。彼に代わるブラジル人ストライカーとしてやってきたルーカスは、あらゆる場面で「キング・オブ・トーキョー」と呼ばれた男と比較される立場である。

 大きなプレッシャーを背負いながら、彼は1年目から結果を残した。それによって、チームメイトから、サポーターから、信頼を勝ち取ることができたのだった。

 ピッチ外で自分らしく振る舞えることも、成功のカギとなる。この点については、ブラジルの同胞の存在が大きかったに違いない。FC東京にはかつて同じチームでプレーしたケリーがいて、U-20ブラジル代表でともに戦ったジャーンがいた。

 同胞の存在は「もちろん、すごく大きかった」と言う。「それから、日本人のスタッフたちもすごく親切だった。自分だけじゃなく妻のサポートもしてくれた。何の不安もなく過ごすことができたから、ピッチ内でのプレーに専念することができたんだ」と話した。

 その国のプレースタイルに適応することも、助っ人外国人の必要条件である。ここで大切なのは、所属するチームのスタイルを理解するだけでなく、進化を遂げていくことである。サッカーの変化に応じてプレースタイルをアップデートさせるべきなのは、外国人選手も例外ではない。

 アマラオの後継者としてやってきたルーカスは、ストライカーとしての才能を磨きながら、プレーの幅を広げていく。前線からのチェイシングやプレスバックなどで、ディフェンスでの貢献度を高めていくのである。

 2008年からはガンバ大阪に在籍し、AFCチャンピオンズリーグ優勝や天皇杯連覇を成し遂げている。2009年の天皇杯では準決勝と決勝を含めて8ゴールを決め、大会得点王になった。

 西野朗監督のもとでは、中盤でも起用された。生粋のストライカーとしてだけでなく、点が取れるトップ下やサイドハーフとしても存在感を示すようになった。これもまた、J1、J2合わせて291試合出場の実績を積み上げた理由である。

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