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【Jリーグ】ラモン・ディアスに聞いたストライカーの神髄 初代得点王には「数秒後の未来」が見えていた (2ページ目)

  • 戸塚 啓●取材・文 text by Totsuka Kei

【実質2年でクラブ歴代5位の得点】

 彼が挙げたゴールは、まさにスーパーだった。

 センターサークル内でパスを受け、そのままペナルティエリア内までドリブルで持ち込み、左足で決めきっている。アルゼンチンは旧ソ連を2-1で突き放し、マラドーナのダメ押し弾で3-1の勝利を飾ったのだった。

 Jリーグ開幕とともに日本のピッチに舞い降りたディアスは、ワールドユース当時とは得点パターンを変えていた。33歳となった彼は熟達の狙撃手さながらに、一発で仕留めるワンタッチゴーラーとして得点を量産していくのである。

 マリノスの前線にはディアスだけでなく、木村和司や水沼貴史、ダビド・ビスコンティらがいた。決定的なラストパスを供給するだけでなく、自ら決めることができる彼らの存在が、ディアスの得点能力を際立たせたところはあっただろう。

 それにしても、彼の得点能力は際立っていた。

 1993年は32試合に出場して28ゴールを挙げ、栄えあるJリーグ初代得点王に輝いた。1994年も23ゴールを記録している。1995年の数字も含めたJリーグ通算52ゴールは、現在もクラブ歴代5位である。実働2年半でこれだけの数字を残したのだから、クラブ史に残る助っ人外国人と言っていいだろう。

 ディアスはレフティだ。彼に左足を振らせてはいけない。振らせたら失点に直結する。それなのに、対戦相手はその左足を止めることができなかった。

 得点パターンは多彩だ。左サイドからのクロスを、左足ボレーで合わせる動きは芸術的だった。マークするDFの前にキュッと入り込み、ワンタッチで蹴り込むのだ。ゴール前での瞬間的なスピードは健在だった。

 ポジショニングがよかった。点が取れる場所へ、取れるタイミングで入っていくことができていた。その「タイミング」が、とにかく絶妙なのだ。

 ペナルティエリア内に使いたいスペースを見つけると、早すぎず、遅すぎずで侵入する。ジャストのタイミングだから、点が取れる確率は高くなる。彼のゴールは必然的なものであり、幸運に助けられたものはほぼなかったと言っていい。

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