湘南ベルマーレのキム・ミンテは"日本サッカー用語"で流暢にコメント 来日当初の猛勉強のエピソードを語った (4ページ目)
【リオ五輪に出場】
初招集後、一時は主力組の扱いを受けた時期もあったが、今度は腰の負傷が襲いかかった。予選で選手がシャッフルされる過程では合宿に参加できず。伝説的な決勝戦での日韓戦(手倉森ジャパンが3-2で大逆転勝利)があった、2016年1月のリオ五輪最終予選兼AFC U-23選手権にも選出されなかった。
ただし、五輪本大会では直前にCBの選手が負傷、バックアップメンバーだった自分自身が最終エントリーに選出された。「CBもボランチもできるからだったと思います」。グループリーグ初戦のフィジー戦(〇8-0)、3戦目のメキシコ戦(○1-0)で出場機会を得たが、チーム最終戦となった準々決勝のホンジュラス戦では出番がなかった。
今のところ、キム・ミンテの代表チームのキャリアは、そこに留まっている。
一方その後、Jリーグでは濃厚な時間を送ることになった。それは「はっきりと自分をどう成長させたいか、決心してチームを移る」という時間だ。
後編「キム・ミンテがJリーグで成長する過程を語る」へつづく>>
キム・ミンテ
金眠泰/1993年11月26日生まれ。韓国仁川広域市出身。MF/DF。光云大学から2015年にベガルタ仙台に加入。2017年から北海道コンサドーレ札幌、2021年途中から名古屋グランパス、2022年から鹿島アントラーズ、2023年途中から湘南ベルマーレでプレー。今季J1通算200試合出場を果たした。U-23韓国代表としてリオ五輪を経験している。
著者プロフィール
吉崎エイジーニョ (よしざき・えいじーにょ)
ライター。大阪外国語大学(現阪大外国語学部)朝鮮語科卒。サッカー専門誌で13年間韓国サッカーニュースコラムを連載。その他、韓国語にて韓国媒体での連載歴も。2005年には雑誌連載の体当たり取材によりドイツ10部リーグに1シーズン在籍。13試合出場1ゴールを記録した。著書に当時の経験を「儒教・仏教文化圏とキリスト教文化圏のサッカー観の違い」という切り口で記した「メッシと滅私」(集英社新書)など。北九州市出身。本名は吉崎英治。
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