村井満×ジーコ対談 「異端のチェアマン」が「神様」と親友になったキッカケ (3ページ目)
【飛行機事故に遭ったシャペコエンセの弔問にジーコも同行】
── その後もジーコさんは、日本代表監督、そして鹿島のテクニカルディレクターやクラブアドバイザーなど、日本サッカー界とのつながりは今に続いています。そんななか、チェアマン時代の村井さんとの関係性が密になっていたのは、どのタイミングだったのでしょうか?
ジーコ 私が鹿島のテクニカルディレクターに就任した2018年には、すでに親密になっていましたね。この年に鹿島はACLで初優勝するのですが、当時の村井チェアマンからはさまざまなサポートをしていただきました。
村井 よく覚えています。決勝の相手はイランのペルセポリスFC。カシマサッカースタジアムでのホームは2-0で快勝して、完全アウェーとなった第2戦はスコアレスドローだったんですよね。
ジーコ 2018年という年は鹿島だけでなく、Jリーグ全体が熱を帯び始めたように記憶しています。ヴィッセル神戸にアンドレス・イニエスタが加入したのも、たしかこの年のシーズン途中でしたよね?
この年のワールドカップに出場した日本代表は、メンバーの3分の1くらいが国内組でしたが、今ではヨーロッパでプレーする選手だけでスタメンを組めるようになりました。そうして考えると、日本サッカー全体にとっても、大きな転換期だったのかもしれません。
村井 Jリーグの経営という観点から言うと、DAZNとの契約が成立したのが2017年で、翌2018年からグーッと投資モードに入っていきました。まさにそういうタイミングで、私とジーコさんの距離感も近くなっていったんですが、そのきっかけとなったのが2016年11月。ブラジルのシャペコエンセというクラブが、飛行機事故で多数の犠牲者を出すという悲劇がありました。
── コパ・スダメリカーナの決勝に進出したシャペコエンセの選手とスタッフを乗せたチャーター便が、コロンビアの山中に墜落した事故ですね? 日本でも大きく報じられていました。
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