湘南ベルマーレのタリクはノルウェーに移住した少年時代「サッカーがカギ」だった (3ページ目)

  • 井川洋一●取材・文 text by Igawa Yoichi

【ハーランドとウーデゴールの活躍にノルウェーの人々も驚いている】

 タリクはその後、才能をすくすくと伸ばし、17歳でプロデビューを果たし、ノルウェーの世代別代表にも選出された。20歳の時に同国A代表に選ばれた時も、迷うことなく招集に応じている。

「僕はノルウェーでフットボールの才能を開花させ、プロになれたのだから、この国に恩返しがしたかった。僕はモロッコで生まれ、ノルウェーで育ったけど、自分のことはどちらの人間でもあると感じている。モロッコに行けばモロッコ人になり、ノルウェーにいればノルウェー人になる」

 タリクと縁の深いその両国は近年、フットボールの世界で存在感を高めている。モロッコは昨年のカタールW杯でアフリカ勢として初めて4強に入り、ノルウェーからはアーリング・ハーランド(マンチェスター・シティ)やマルティン・ウーデゴール(アーセナル)ら、プレミアリーグのトップチームでエースやキャプテンを務める超逸材を輩出している。

 時間の制約もあったため、特に聞きたかったノルウェー新世代について、同国代表60キャップを記録するタリクの意見を求めた。

「率直に言って、この状況にはノルウェーの人々も驚いている。なにしろ、ノルウェーは人口500万人ほどの寒冷地だからね。これまで、国際的に活躍するアスリートといえば、ウィンタースポーツか長距離走の選手がほとんどだった」

──でもオレ・グンナー・スールシャールやアルフィー・ハーランド(アーリングの父)らは、プレミアリーグで活躍していたよね。ハーランドの父なんて、ロイ・キーンとやりあって引退に追い込まれたほどだ。

「そうだね。そのホーラン(ハーランドのノルウェー語読み)の父は、息子の才能を早くから見出し、厳しく育ててきたんだ。だからアーリングは若い頃から、自分のことに完全に集中していた。精神統一のために座禅をし、眠る時は光るゴーグルをかけ、鼻からのみ息をするために口をテープで塞いでいるという。

 ただ彼は、ノルウェーのメディアにほとんど口を開かないんだ。あれほどの奇跡的な才能の台頭を喜んでいるファンにとっては、すごく残念なことだよ。

 かたや、ウーデゴールはオープンな性格で、誰とでもにこやかに会話をするナイスガイだ。彼は15歳でプロリーグと代表にデビューした超早熟の逸材だった。その後、レアル・マドリードに引き抜かれてからは、少し遠回りをしたけれど、今やアーセナルの主将を務めている。

 彼が再起を図り、実際に復調できたのがレアル・ソシエダでのこと。マドリーからいくつかのクラブを経てソシエダで才能を開花させた道筋は、久保建英にも通じるものだね。

 ただこれほどまでに良い選手が出てきているのに、現在行なわれているEURO2024予選では、また本大会行きを逃してしまった。惜しいところまで行きながら出場権を逃す悪しき伝統を、彼らには覆してほしい」

後編「タリクが日本人選手にもったいないと感じていること」につづく>>

タリク 
Tarik Elyounoussi/1988年2月23日生まれ。モロッコのアル・ホセイマ出身。少年時代にノルウェーに移住し、地元のユースチームを経て18歳の時にフレドリクスタFKでデビュー。ヘーレンフェーン(オランダ)でプレーした後ノルウェーに戻って活躍していたが、2013年からはホッフェンハイム(ドイツ)、オリンピアコス(ギリシャ)、カラバフ(アゼルバイジャン)、AIKソルナ(スウェーデン)と、さまざまな国でプレー。2020年シーズンから湘南ベルマーレに所属する。FWとMFでプレー。2008年からノルウェー代表に選ばれ、国際Aマッチ60試合出場10得点。

プロフィール

  • 井川洋一

    井川洋一 (いがわ・よういち)

    スポーツライター、編集者、翻訳者、コーディネーター。学生時代にニューヨークで写真を学び、現地の情報誌でキャリアを歩み始める。帰国後、『サッカーダイジェスト』で記者兼編集者を務める間に英『PA Sport』通信から誘われ、香港へ転職。『UEFA.com日本語版』の編集責任者を7年間務めた。欧州や南米、アフリカなど世界中に幅広いネットワークを持ち、現在は様々なメディアに寄稿する。1978年、福岡県生まれ。

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