湘南ベルマーレのタリクはノルウェーに移住した少年時代「サッカーがカギ」だった (2ページ目)

  • 井川洋一●取材・文 text by Igawa Yoichi

【フットボールが新しい社会に馴染むカギだった】

「ノルウェーはスキーなどウィンタースポーツの国だと思われがちだけど、実際はとても多くの人がフットボールを愛している」とタリクは続ける。

「だから学校の休み時間には、みんな校庭でボールを蹴るんだ。当時の僕はノルウェー語が一切話せなかったけど、クラスメイトがジェスチャーで誘ってくれたから、一緒に外に出た。頼まれたのは、ゴールキーパーだ。僕もフットボールなら知っていたけど、何も言い返せなくて、ただ頷いてゴールの前に構えたよ」

 マグレブと呼ばれる北アフリカ西部は、スキルフルなフットボーラーの特産地として知られている。当地の民族ベルベルの血を引くトッププレーヤーには、ジネディーヌ・ジダンやカリム・ベンゼマらがいる(どちらもアルジェリア系、レアル・マドリードなどで活躍)。同じくベルベル人のタリクも、物心ついた頃からストリートで暗くなるまでボールを追いかけ、技を体得していた。

 だから相手のシュートをキャッチした後、誰にもパスを出さずに自ら持ち運んでみることにした。すると、誰もタリクのドリブルを止めることができず、最後に彼は鋭いシュートをトップコーナーに打ち込んだ。彼が憧れていたラウール・ゴンサレス(元レアル・マドリード)やジダンのように。

 その瞬間、周囲の子どもたちの表情が、好奇から敬意のそれに変わった。直後に大歓声があがった。その音は今もタリクの耳に残っている。

「その時を境に、誰もが僕と友だちになりたがったよ。10歳ぐらいの少年たちは思春期に入る頃で、人見知りしたりする子も多かったけど、それ以来、みんな僕と同じチームになりたがってね。だからフットボールは、僕にとって新しい社会に馴染むためのカギだったんだ」

 そこからはすぐに、ノルウェーの生活と社会に溶け込んでいった。モロッコでは組織的なチームに入ったことがなかったけれど、新天地にはきちんと運営されているクラブがあり、いろんなすばらしい初体験をした。

「芝生の上でボールを蹴ったのも、ユニフォームを着たのも、フットボールシューズを履いたのも、すべて最初はノルウェーでのことだった。地元のチームに入ってキットをもらった時、嬉しく仕方なくて、その夜はシャツとパンツ、ソックスにシューズまで身につけて眠ったよ」

2 / 3

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る