湘南ベルマーレのモロッコ生まれFWタリクが「絶対に平塚に住みたいと思った」理由 (3ページ目)

  • 井川洋一●取材・文 text by Igawa Yoichi

【近所の人たちとのコミュニケーションを楽しむ】

 タリクの場合、新しい環境に順応するというのは、どっぷりと地元に浸かることを意味する。彼はベルマーレが本拠を置く平塚市に居を構え、地域のコミュニティーにすっかり馴染んでいるようだ。

「僕は絶対に平塚に住みたいと思った。なぜなら、この小さなクラブを間近で支え、愛してくれている地元の人々や社会のことが知りたかったからだ。旅をする時もそうだけど、その土地の文化や環境を知るには、地元の人々と同じように暮らすことが一番だよね。

 だから僕はこのクラブハウスのすぐそばのマンションに家族4人で暮らし始め、近所の人々やパン屋の主人、八百屋のお母さんらとすぐに顔馴染みになった。僕の日本語は本当に拙いから、最近では英語を学ぶ努力をして、僕とコミュケーションを取ろうとしてくれる人までいる。本当に嬉しいね」

 きちんと生活を営み、労働を尊ぶカルチャーは、タリクにも通じるものだという。そして彼は元来、強者よりもアンダードッグを好む。

「湘南ベルマーレとその周辺では、本当に多くの人が懸命に仕事をして、このファミリーのようなクラブを支えている。もし僕がビッグクラブに加入していたら、同じ気持ちになれたかどうかわからない。でもここでは、誰もがこの小さな地元クラブを大切に思っている。だから、僕は積極的にそんな人たちとコミュニケーションを取り、彼らが思っていることや感じていることを知りたいんだ」

 モロッコ出身のタリクとノルウェー出身の奥さんの子どもは、インターナショナルスクールではなく、地元の幼稚園に通い、日本語をすらすらと話すという。そして近くの公園に家族全員で行き、外国人が彼らしかいないなかでも、周囲の人々と積極的に会話したりしている。

「僕はプロのフットボーラーだけど、ひとりの普通の人間だ。スターではないし、人々と同じ目線で接したい。特に少年や少女とのやりとりが楽しいから、チームのトレーニングに来てくれたら、ハイタッチをしたり、挨拶を交わしたり、可能な限り触れあうようにしている。そうした地元ファンとのつながりは、フットボールクラブに不可欠なものだからね」

 このスポーツとそれをサポートする人々に感謝するタリク自身、フットボールに大いに助けられたことがあるという。それは彼が10歳の時に、モロッコからノルウェーに移住した時のことだった──。

中編「ノルウェーに移住した少年時代『サッカーがカギ』だった」へつづく>>

タリク 
Tarik Elyounoussi/1988年2月23日生まれ。モロッコのアル・ホセイマ出身。少年時代にノルウェーに移住し、地元のユースチームを経て18歳の時にフレドリクスタFKでデビュー。ヘーレンフェーン(オランダ)でプレーした後ノルウェーに戻って活躍していたが、2013年からはホッフェンハイム(ドイツ)、オリンピアコス(ギリシャ)、カラバフ(アゼルバイジャン)、AIKソルナ(スウェーデン)と、さまざまな国でプレー。2020年シーズンから湘南ベルマーレに所属する。FWとMFでプレー。2008年からノルウェー代表に選ばれ、国際Aマッチ60試合出場10得点。

著者プロフィール

  • 井川洋一

    井川洋一 (いがわ・よういち)

    スポーツライター、編集者、翻訳者、コーディネーター。学生時代にニューヨークで写真を学び、現地の情報誌でキャリアを歩み始める。帰国後、『サッカーダイジェスト』で記者兼編集者を務める間に英『PA Sport』通信から誘われ、香港へ転職。『UEFA.com日本語版』の編集責任者を7年間務めた。欧州や南米、アフリカなど世界中に幅広いネットワークを持ち、現在は様々なメディアに寄稿する。1978年、福岡県生まれ。

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