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横浜F・マリノス、浦和レッズが採用。サッカー界に襟付きユニフォームは復活するか (2ページ目)

  • 中山 淳●文 text by Nakayama Atsushi
  • photo by Getty Images

機能性重視で2000年代に衰退

 たとえば、日本代表ユニフォームで初めてレプリカユニフォームが販売されたのは、広島で開催された1992年アジアカップで着用されたモデルになるが、それから2001年までに着用された計6つの日本代表ユニフォームは、いずれも襟付きモデルだった。

 ところが、2002年W杯で着用されたユニフォームでは、襟なしのVネック型にモデルチェンジ。最大のポイントは、裏地にメッシュ素材を使用した二重構造に変わったことで、エンブレムもプリントタイプに変わるなど、徹底的な軽量化が図られた。

 ちなみに、2002年W杯の出場チームのなかで襟付きのユニフォームを着用したのは、32チーム中6チーム。ブラジルとクロアチアはセカンドユニフォーム限定だったので、ファーストユニフォームが襟付きだったのは、韓国、アメリカ、ナイジェリア、コスタリカの4チームしかなかった。

 おそらくオールドファンが当時のユニフォームで真っ先に想起するのは、大会前にカメルーン代表が着用した袖なしユニフォームだろう。軽量化を極めるべく史上初めて登場したその斬新なユニフォームは、残念ながらFIFAに認められずにお蔵入りとなったが、当時は超レアなコレクターアイテムとして絶大な人気を誇った。

 そのほかでは、イタリア代表が本番で着用した上半身にジャストフィットした特徴的なフォルムの丸首型ユニフォームも印象深いが、とにかくその時代から各メーカーは機能性を追求すべく技術開発にしのぎを削るようになった。そんな技術開発競争のなかで置き去りになってしまったのが、デザイン性とファッション性だ。

 サッカーのユニフォームの歴史を振り返ると、そのルネッサンス期と言えるのが1990年代になる。

 特にイングランドでプレミアリーグが幕を開けた1992年以降、各チームがサポーター向けのレプリカユニフォーム販売に力を入れるようになり、一流デザイナーも開発に参画して頻繁に新モデルをリリース。そこに縫製技術の進化が加わったことで、多種多様なデザインやカラーリングを施した特徴的なユニフォームが続々と登場した。

 ファッション性やデザイン性が重要視されたその時代のけん引役は、当時プレミアリーグの主役を担った名門マンチェスター・ユナイテッドだった。

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