2020.10.19

世界一コロナ規制の厳しい国から来た男が語る、各国の対応とジョコビッチの意志

  • 木村元彦●取材・文 text by Kimura Yukihiko

 ランコ・ポポヴィッチは2009年の大分トリニータを皮切りに、町田ゼルビア(2011)、FC東京(2012-13)、セレッソ大阪(2014)と続けてJクラブで指揮を執り、離日後はリーガの名門レアル・サラゴサからのオファーを受けて、ハビエル・アギーレ以来のスペイン国籍を持たない監督としてその任に就いた。

町田ゼルビアのランコ・ポポヴィッチ監督 photo by Aflo sports  サラゴサにおけるここ10年で最高の成績(プレーオフ進出)を収めたあとは、タイ、インド、オーストリアのクラブを経て、今年再び9年ぶりに町田で采配を振るうことになった。

「どんな巡り合わせなのか、私が町田と結ばれるときは痛ましい大きな災難に苦しめられる」。2011年は東日本大震災、今年は新型コロナウイルスがサッカー界にも大きな影響を及ぼした。

 Jリーグは2月の開幕戦こそ行なわれたものの、それ以降、延期が決まり、4月7日には練習の中止も決定した。なかなか出口の見えない中、ポポヴィッチはこんな言葉で選手に檄を飛ばした。

「我々は町田というチームのことだけではなく、他に与える影響も考えて模範を見せよう。サッカー選手は他者に勇気やエネルギーを与えることのできる存在だ。チームの中でも自分の役割があるように、社会の中でも同様の役割を自覚しよう。立ち振る舞いでメッセージを送るのだ。コロナに感染された人、命を落とされた人もいる中で、リーグが再開したら一緒に戦っているというのを発信していこうじゃないか」

 未曾有のパンデミックに選手たちも不安であることは同様だった。「特に子どものいる選手は強い緊張感の中にいた」