2020.07.07

ワシントンが語ったゴール量産の秘密。
常に「人生最後の試合」だった

  • リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon
  • 利根川晶子●翻訳 translation by Tonegawa Akiko

あのブラジル人Jリーガーはいま
第7回ワシントン(後編)>>前編を読む

 2004年、心臓疾患の手術から完全復活したワシントンは、アトレティコ・パラナエンセをブラジル全国リーグ2位に導き、33ゴールを決めて得点王となった。

 彼はこの年、サッカー誌『プラカル』の選ぶボラ・ジ・プラタ(最優秀ストライカー)に選ばれ、RSSSF(サッカーに関する統計情報を収集する国際組織)が選ぶ世界最優秀選手のひとりにも選ばれた。ロナウジーニョやその他の有名スポーツ選手を抑え、一般のファンからの投票によるブラジルメディ協会の"今年のブラジルスポーツの顔"にもなった。

 これらの受賞を祝う間もなく、2005年の1月、その姿はすでに東京にあった。彼のゴールに魅せられた東京ヴェルディがワシントンを獲得したのである。

2007年、浦和レッズの一員として、クラブW杯でミランと対戦したワシントン photo by Yamazoe Toshio ワシントンの日本デビューは、稀にみるほどの最高の形となった。初戦のゼロックススーパーカップの横浜F・マリノス戦でいきなり2ゴールを決め、PK戦を経てタイトルを手に入れている。