2019.07.08

トーレス、引退へのカウントダウン。
歓声にもプライドは満たされず

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 山添敏央●写真 photo by Yamazoe Toshio

 梅雨真っ盛りの霧雨は強風にあおられ、薄い煙のようになって地上に舞い落ちていた。

 その日、先発に入った元スペイン代表FWフェルナンド・トーレス(サガン鳥栖)だが、試合前のウォーミングアップから身体が重かった。ポストからのシュート練習では、利き足の右足でシュートを放つも、バーの上へ大きく吹かした。降りしきる雨のせいだったのか。

 先発メンバーの発表が場内アナウンスで流れると、トーレスは敵軍の選手にもかかわらず、温かい拍手を送られていた。愛され、尊敬されているのだろう。ゴールゲッターとしてアトレティコ・マドリード、リバプール、チェルシーなどビッグクラブで大暴れし、スペイン代表では欧州選手権で2度優勝し、W杯も制覇した。その経歴を考えれば、不思議ではない。

 ウォーミングアップの最後にもう一度、トーレスはくさびに当て、シュートを打っている。左に流れてきたボールを、身体を開いて右足で打ったが、左ポストに当たって外れた。タイミングを外すシュートだったのかもしれないが、不器用にも映る。うつむいた表情は硬かった。

川崎フロンターレ戦に先発したものの、シュート0に終わったフェルナンド・トーレス(サガン鳥栖)<自分はこんなものではない>

 その苛立ちが一挙手一投足から伝わってくる。先日、8月23日のヴィッセル神戸戦限りの現役引退を発表したのも、英雄的選手として晩節を汚すべきではないという幕引きか。

 ゥォーミングアップが終わると、トーレスは小さく首を振って、静かにまぶたの上の雨を拭った。   

 7月7日、等々力陸上競技場。サガン鳥栖は雨の中で、王者、川崎フロンターレに挑んでいる。

「トーレス!」

 敵地にもかかわらず、そう呼びかける声は少なくなかった。チームが空港に降り立ったときには、出待ちのファンも目立って多かったという。世界的ストライカーのラストまでのカウントダウンが始まっているからだ。

「なぜ、トーレスを出さないんだ?」

 海外メディアからはクラブに対し、”トーレス擁護”のメールなども寄せられているという。スペイン大手スポーツ紙の『as』は、前節の清水エスパルス戦を「トーレスは映画のように! 引退発表後、2カ月ぶりの先発。いきなりの2発でチームを救う!」と、動画付きで報じた。清水戦では、たしかに見事な2得点だった。