ありがとう、川口能活。43歳のGKはクラマーの名言を体現した

  • 中山淳●取材・文 text by Nakayama Atsushi
  • 藤田真郷●撮影 photo by Fujita Masato

「僕の話をする前に、鹿児島ユナイテッドFCのみなさん、J2昇格おめでとうございます。年間を通してすばらしい戦いを見せてくれたと思います。J2でもがんばってください」

 SC相模原の本拠地ギオンスタジアムを埋めた1万2612人の大観衆の前で、25年もの長いプロキャリアに終止符を打った川口能活が、自らの引退セレモニーの挨拶で最初に発した言葉がそれだった。

ラストゲームを終えて目に涙を浮かべる川口能活ラストゲームを終えて目に涙を浮かべる川口能活 試合が終わっても誰ひとりとしてスタジアムを去ることなく、それこそ固唾を呑んでその瞬間を待ちわびていた観衆にとって、それは肩透かしを食らったかのような想定外の台詞に聞こえたかもしれない。

 しかし、ピッチサイドでその言葉を耳にした時、それこそが、川口能活というフットボーラーがこれまで積み重ねてきた年輪そのものだと感じてならなかった。43歳になった川口には、遠路はるばるやって来た鹿児島サポーターがスタンドに残り、自分の現役最後の姿を見届けてくれていることを忘れない"余裕"があった。

 思い出されるのは、ジュビロ磐田で2度の大きなケガを乗り越え、それでもなお38歳で現役を続けていたFC岐阜時代の川口が話してくれた言葉である。

「あれだけのケガから復活して、またポジションを取り戻すことは簡単ではなかったです。しかも、それを2回もやったんですよね。でも、だからこそ人間形成をするうえで、すごくいい経験をしていると思っています」

 川口がこれまで歩んできた道を振り返ると、周囲に流されることなく、ひたすら自分の目標だけを見つめて日々向上心に燃えていた、若かりしころからの変化を強く感じる。

 プロ入りから常に順風満帆に見えるキャリアには、実は挫折と苦悩が数多く散りばめられていて、むしろその陰の部分があるからこそ、陽の当たる瞬間に大きな花を何度も咲かせることができたのだと思えてならない。

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