安部裕葵は中学でプロになると決意。その挑戦期限は18歳までだった (5ページ目)

  • 寺野典子●文 text by Terano Noriko
  • 渡部 伸●写真 photo by watanabe shin

――この階段を登っていけば、ゴールにたどり着けるというルートに答えはないわけだから、目の前のことに実直に取り組むことが重要なのですね。

「自分は巧いんだと信じるほうが成長に繋がるという人と、下手なんだと考えるほうが良い人と方法論なんて、人それぞれだから。僕は僕にあったやり方をするのが一番だと思います。それは、毎日淡々とやること。あまり先のことは考えず、1日1日できることを整理してやっていけば、行けるところまで行けるかなと思います」

――それが安部裕葵のひとつの成功体験なんですね。

「ですね。そうやって僕はプロになれたという自信もあります。こういう考え方でやることが、自分の成長に繋がると今も思っています」

――鹿島アントラーズからのオファーに驚きはありましたか?

「もちろん。3年の夏、インターハイ(3得点を決めてベスト8進出に貢献)後に、その大会で2試合見て決めたとオファーを頂きました。高校のスタッフとも『プロ入り後もしっかりと面倒を見てくれるクラブに行かせたい。アントラーズなら理想だね』と話をしていたこともあって、即決でした」

――アントラーズのイメージは?

「世界的なクラブでいえば、レアル(・マドリッド)。国でいえばブラジル。Jリーグのなかではそういう立ち位置のクラブだと思っていました。練習のレベルが高いという話も聞いていました」

――不安は?

「ないです。やるしかないので」

――大きなチャンスだと?

「何も思わないです。アントラーズでプレーするというだけでした。鹿島でその日何をするかが一番大事なことですから」

(つづく)

5 / 5

関連記事

キーワード

このページのトップに戻る