2015.11.28

【育将・今西和男】松田浩「一目で、この人にならついていけると思えた」

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko   photo by AFLO

『育将・今西和男』 連載第14回
門徒たちが語る師の教え ナショナルトレセンコーチ 松田 浩(1)

 ヴィッセル神戸、アビスパ福岡、栃木SCで監督を務めあげた松田浩とは新幹線の三島駅で待ち合わせた。規律を重んじるサッカーで福岡と神戸を2年連続でJ1に昇格させ、予算の少ない栃木ではハードワークを徹底させることでチームの底上げを図った。その手腕は大きく評価され、現在は日本サッカー協会ナショナルトレセンのコーチとして日本サッカー強化の中枢を担っている。

現在、ナショナルトレセンコーチとして、日本各地を飛び回っている松田浩

 松田と今西の出会いは筑波大サッカー部の時代に遡る。松田は大学2年生のときにブラジルのポルトアレグレに留学している。日本ブラジル交流協会という組織が立ち上げた「ブラジル研修留学プログラム」の1期生である。全国から多くの大学生が選抜されて、ブラジルで語学などを学ぶ機会を与えられたのであるが、松田の科目は「サッカー&FUTEBOL」、いわばブラジルの国技であるサッカーにおいての日本の代表ということで送られたのである。

 ポルトアレグレでは名門インテルナシオナルが研修先として受け入れてくれ、ジュニオール(18歳~19歳世代)に所属して練習に参加した。チームには当時17歳ながらすでにセレソンのユース代表だったドゥンガ(現ブラジル代表監督)がいて、にらみを利かせていた。ブラジルでは20歳までにプロになれなければ、職業としてのサッカーをあきらめなくてはならない。誰もが必死に生き残りをかけるために自己主張が強いが、ドゥンガはトップ下のポジションから年上の選手を遠慮なく怒鳴りつけてはゲームを仕切っていた。当時はかわいらしいマッシュルームカットをしていたが、松田に対しては口も利いてくれず、ドゥンガはもう「ドゥンガ」だった。松田は学生でありながら、ブラジルで真のプロの厳しさを嫌というほど体感する。