【ワールドカップ】セルジオ越後のサッカー日本代表総括「ケガ人がいなければ...は慰めにならない」「ブラジル戦後の堂安のコメントに救われた」
優勝を目標に掲げながら、前回ベスト16を下回るベスト32に終わった photo by JMPA
「まだ見ぬ景色」は近いようで遠かった。「優勝」を目標に掲げていたサッカー日本代表は、決勝トーナメント1回戦(ベスト32)でブラジルに1-2の逆転負けを喫し、ワールドカップの舞台を去ることになった。ブラジル戦前「当然、僕は日本を応援する」と期待をこめて語っていたご意見番のセルジオ越後氏は、この結末をどう受け止めたのか。
【攻撃することをあきらめたように見えた】
正直、こんなに差があるとは思わなかった。僕も甘く見ていた。
前半の日本は、中央からパスをつなごうとするブラジルの攻撃をよく抑えていた。攻撃面でも、ビッグチャンスは前半29分の佐野海舟の得点シーンだけだったけど、狙い通りの試合運びはできていた。佐野のプレーは本当にすばらしかったよ。
ところが後半、ブラジルがサイドからのクロス攻撃を仕掛け始めると、途端に押し込まれた。ブラジルはここぞとばかりにセンターバック、ボランチも高い位置を取り、日本の陣内でボールを回し、日本の選手たちを消耗させた。
後半11分に同点に追いつかれても流れは変わらない。そして、後半21分に両ウイングバックの堂安律と中村敬斗、後半33分に伊東純也と鎌田大地が交代でベンチに下がると、日本はカウンターを狙う力もなくなった。森保一監督の真意はわからないけど、攻撃することをあきらめたように見えた。
ブラジルは史上最多の優勝5回といっても、最後に優勝した2002年日韓大会からもう24年も経っている。しかも、今回のメンバーは歴代でもかなり小粒。国内ではあまり期待されていない。そんなブラジルにあれだけ一方的に攻め込まれるとは思っていなかった。言い訳のできない完敗だったね。
大会を通して日本の戦いぶりを振り返ると、初戦は強いオランダに終了間際に追いついて引き分け(2-2)、2戦目はチーム崩壊寸前のチュニジアに快勝(4-0)、3戦目はほぼ同等の力を持つスウェーデン相手によく守っての引き分け(1-1)、そしてブラジルに完敗。
チュニジア戦後、メディアは「優勝だ」と煽っていたけど、終わってみれば1勝2分け1敗でのベスト32敗退。結局、チュニジアにしか勝てなかった。しかも、一番目立っていた選手はGKの鈴木彩艶。彼の活躍がなければもっと負けていたかもしれない。
南野拓実、三笘薫がケガで登録メンバーに入れず、長くキャプテンを務めてきた遠藤航も開幕直前に離脱。久保建英も初戦のオランダ戦でケガを負った。彼らがいれば......という声も聞く。でも、それは何の慰めにもならない。多かれ少なかれ、どの国も同じような問題を抱えているからだ。ブラジル代表にしてもベストメンバーを招集できたわけではないし、開幕後にケガ人も出ている。
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著者プロフィール

セルジオ越後 (せるじお・えちご)
サッカー評論家。1945年生まれ、ブラジル・サンパウロ出身。17歳の時に名門コリンチャンスのテストに合格し、18歳の時にプロ契約を結び、MF、FWとして活躍した。「エラシコ」と呼ばれるフェイントを発案し、ブラジル代表の背番号10を背負った同僚のリベリーノに教えたことでも有名。1972年に日本リーグの藤和不動産(湘南ベルマーレの前身)から誘いを受け、27歳で来日。1978年から日本サッカー協会公認の「さわやかサッカー教室」で全国を回り、開催1000回以上、のべ60万人以上を指導した。H.C.日光アイスバックスのシニアディレクター。日本アンプティサッカー協会最高顧問。公式ホームページ【http://www.sergio-echigo.com】


