サッカー日本代表に欠けているのは「選手の適性を見抜く目」 鹿島アントラーズに学ぶ点が多々ある (3ページ目)
【日本代表にもいないわけではない】
森保監督にこの手のお楽しみはない。先のアメリカ遠征で、鎌田大地を2シャドーの一角から守備的MFとしてプレーさせた件も、もともとは所属クラブの監督のアイデアだ。
「本大会に向け3バック、4バック、両方できるようにしておきたい」と森保監督は言う。
実際に先のアメリカ戦では試しているが、うまくいきそうな気がしないのだ。CBの瀬古歩夢を左SBで起用する采配などは、申し訳ないが愚の骨頂だ。他にアイデアは準備していなかったのか。
日本代表にほしいのは小池のような多機能的な選手だ。ひとりいれば話は変わる。いないわけではない。たとえば今回の代表戦は欠場することになった遠藤航。リバプールでは昨季終盤、CBとして何試合かプレーしている。浦和時代には右SBとしてプレーした過去もある。可能性を秘めた選手なのだ。
遠藤を見て想起するのは、2014年ブラジルワールドカップで優勝したドイツ代表の主将、フィリップ・ラームだ。大会の前半は4-3-3のアンカーで、後半は4-2-3-1の右SBとして出場。その多機能性なしにドイツの優勝はなかったと言いきれる。
戦術的交代の生みの親といえば、1998年フランスワールドカップでベスト4入りしたオランダ代表のフース・ヒディンク監督だ。その戦術的な交代を円滑にしていたのがフィリップ・コクー。大会を通して4-2-3-1の4つのポジションをこなした多機能性が相手の混乱を誘発した。
同じくヒディンクが采配を振った2002年日韓共催ワールドカップの韓国も、パク・チソン、ユ・サンチョルという多機能型選手の存在が複雑な戦術的交代を可能にしていた。対戦相手の選手は対面の選手が次々と変わったため、大混乱を強いられた。目眩まし戦法。筆者にはそう映ったものだが、それこそが番狂わせの要因だった。
板倉滉は川崎時代、守備的MFとしてもプレーしていた。守田英正も右SBでプレーした経験がある。いずれも鬼木監督時代の話だが、こうした選手を「見る目」こそが、まさに今日の監督に不可欠な要素だと確信する。
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