谷口彰悟がプロの誘いを断り、筑波大に進学した理由「自信がなかった。自分の将来に保険をかけていた」 (2ページ目)

  • text by Harada Daisuke

 参加した期間は1週間くらいだったと思う。プロと一緒に練習できる機会は、刺激と学びにあふれていて、サッカー選手としての自分の目線を大きく上げてくれるものだった。

 そして、練習参加が終わったタイミングで、建さんは「高校を卒業したら、フロンターレに加入しないか」と打診してくれた。

 大人になった今、考えると本当に生意気でしかないが、筑波大への進学しか頭になかった当時の自分は、フロンターレからの誘いを光栄に思いながらも、「筑波大に進学したい」とオファーを断った。

 残念そうにする建さんの表情は、今でも覚えている。そして建さんは、こう言葉をかけてくれた。

「今回は残念だけど、これで谷口くんとフロンターレの関係は終わりじゃないと思っている。大学に行ってからも応援しているし、これからもプレーは見させてもらう。だから、また機会があったら、フロンターレをよろしく」

 その言葉どおり、建さんはその後も節目、節目で僕のプレーを見てくれ、熱心に声をかけ続けてくれた。そうした熱量が、大学を卒業してフロンターレへ加入する決め手になったことは言うまでもない。

 大学に進むか、それともプロになるか。当時の自分は高校生ながらに考えに考えたが、今思うと、要するにプロサッカー選手になる自信がなかったんだろうなと思う。

 大学進学を決意した理由としては、まずは高校まで実家暮らしだったことがあった。身の回りのことも母親がやってくれる機会は多く、ひとり暮らしをした経験もないため、実家を飛び出し、自立したひとりの人間にならなければいけないと考えていた。もちろん、Jリーグのチームには寮があるクラブも多く、フロンターレにもそうした環境があるのはわかっていた。

 一方で、熊本という地方で育った当時の自分は、プロサッカー選手になり、いきなり自らでお金を稼ぐようになることで、人として自分自身が大きく変わってしまうのではないか、という不安も抱いていた。18歳にしてプロになることで、金銭感覚が狂い、サッカー選手としてだけでなく、人としても真っ当な大人になれないのではないかと思ってしまった。

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