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【谷口彰悟・新連載】憲剛さんに言われた「そろそろキャプテンをやったほうがいい」ですべてが変わり、日本代表へとつながった

  • text by Harada Daisuke
  • photo by ©KAWASAKI FRONTALE

【新連載】
谷口彰悟「30歳を過ぎた僕が今、伝えたいこと」<第2回>

◆第1回>>「フロンターレ時代は、よくも悪くも空気を読み、周りに合わせてしまっていた」

 カタールのアル・ラーヤンSCに移籍して5カ月──。谷口彰悟は日本とまったく違う環境で日々サッカーと向き合うなか、これまでのプロ生活を振り返る時間も増えた。

 筑波大学を卒業後、川崎フロンターレに加入。徐々に出場機会を増やしていったものの、プロサッカー選手になった当初は「自分に対する甘さ」があったという。2019年のシーズンオフ、それが変わるきっかけとなった思い出を語ってくれた。

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キャプテンマークを巻いた谷口彰悟(2019年)キャプテンマークを巻いた谷口彰悟(2019年)この記事に関連する写真を見る あれはリーグ3連覇を逃した2019年を終えた、シーズンオフのことだった。

 初めてのことで、緊張しながら指定されたお店に向かったから、今でもよく覚えている。

 川崎フロンターレのOBである中西哲生さんと、当時はまだ選手で、チームメイトだった中村憲剛さんから食事に誘われたことがあった。

 ふたりはシーズンが終わると、毎年のように食事をしていて、時にはほかのチームメイトに声をかけることもあったという。その年、誰を食事会に呼ぶかを相談したふたりは、初めて僕の名前を挙げ、招待してくれたのだ。

 その席ではサッカーのこと、チームのこと、そしてクラブのことなど、さまざまな話題で盛り上がった。当然、僕自身のプレーについても、ふたりから多くのアドバイスをもらった。その流れで憲剛さんは、僕にこう言った。

「彰悟はそろそろキャプテンをやったほうがいいと思うよ」

「キャプテンですか?」

 憲剛さんの意見に、哲生さんも強く同調していた。

「新たな役割を担うことで、自分自身も変わっていくと思うよ」

 憲剛さんはもちろんのこと、小林悠さんがキャプテンとしてチームを引っ張っていく背中を見て、簡単なポジションではないことは理解しているつもりだった。それだけに、キャプテンという重責を担う自分を想像すると、戸惑うところもあった。

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著者プロフィール

  • 原田大輔

    原田大輔 (はらだ・だいすけ)

    スポーツライター。1977年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌『ワールドサッカーグラフィック』の編集長を務めたのち独立。Jリーグを中心に取材し、各クラブのオフィシャルメディアにも寄稿している。主な著書に『愛されて、勝つ 川崎フロンターレ「365日まちクラブ」の作り方』(小学館クリエイティブ)など。

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