W杯出場を目前にして田中誠が帰国を即決した理由。「みんなには試合に集中してほしかった」 (2ページ目)

  • 佐藤俊●取材・文 text by Sato Shun
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki

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 田中は"控え"というポジションではなく、主力組だった。チームにとって必要な選手であることを思えば、ジーコの判断はあまりにも早急すぎるような気がする。主力であれば、できる範囲で調整を重ねながら、最後まで出場できる可能性を模索していく道もあったはずだ。

「確かに、ジーコさんの判断はちょっと早いんじゃないかって思いました。普通なら、もうちょっと様子を見るんじゃないかって......。でもジーコさんは、人間性よりもサッカーのパフォーマンスを重視していました。W杯で勝つためには、チームとして戦える駒をひとつでも多く持っておきたかったのではないでしょうか」

 初戦は難しくとも、グループリーグは3試合ある。勝ち上がれば、さらに試合数は増える。田中にとって、W杯は夢の舞台のはずだ。ましてや、メンバー入りを果たしてドイツにいるのだ。冷静に考えて、「少し考えさせてください」「時間をください」とは言えなかったのだろうか。

「『できる』と言って(復帰)できなかった場合のことを考えたんです。万が一再発して、やっぱり『できません』となったら最悪ですし、(自分のせいで)メンバーがひとり減るのも嫌だった。だったら、新しいメンバーを入れたほうがいい。

 自分は負けず嫌いだし、一度スイッチが入るとやるんですけど、ピッチから離れると、そこまでやれる自信を抱けないというか、大口は叩けない。(その時も)冷静に考えて、『厳しいな』と思っての判断でした」

 2002年日韓大会では、中山雅史や秋田豊はチームのために黒子に徹して盛り上げ役を果たし、日本のW杯初の決勝トーナメント進出に貢献した。田中も、ジーコに「残ってもいい」と言われたのであれば、そういったチームのサポート役を担う選択肢もあったのではないだろうか。

「それは、まったく考えなかったです。(チームに残って)イジられるのならいいんですけど、チームでは年齢的に上のほうでしたし、状況が状況ですから『大丈夫ですか』って、気を遣われるのが嫌だった。みんなに迷惑をかけたくないし、みんなには試合に集中してほしかった。試合に勝つためには、戦えない選手がいるよりも戦える選手がいるほうが絶対にチームのためになるんです」

 その夜、田中は宮本恒靖らに「帰ることになった」と伝えた。宮本は絶句し、「残ればええやん」と強く慰留してきた。

 しかし田中は、「みんなに迷惑をかけたくないんで帰る」と冷静に伝え、自らの決断を覆すことはなかった。宮本はその決意を受け入れたものの、がっかりした表情を見せた。

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